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「絶対運命舞踏会 -UTENA in the CLUB-」 収録曲視聴開始
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- 2008/08/19(Tue) -
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すたちゃまにあ 『少女革命ウテナ』DVD・CD-BOX特設サイトにて、
CD-BOX収録のニューアルバム「絶対運命舞踏会 -UTENA in the CLUB-」収録曲全ての視聴が可能になりました。 starchild 少女革命ウテナ http://www.starchild.co.jp/special/utena/cd.html |
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「革命の君主」 幾原邦彦インタビュー
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- 2008/07/29(Tue) -
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幾原邦彦(監督) インタビュー
ソニー・マガジンズ 「薔薇の全貌」 袋とじインタビューより
――企画から放送終了まで丸4年、『ウテナ』は幾原さんを主導に動いているわけですよね。
幾原:そうだね。 ――テレビ版ではやりたいことはやり切ったという感じですか。 幾原:うーん、7割ぐらいは…。いつもこんなものだけどね。 ――ご自身のプロジェクトを終えた感動なんかはなかったんですか? 幾原:別に(笑)。「長い仕事を終えたなー」とか。 まぁ、仕事のいっかんなのでね、まわりがイリュージョンで思っている程完全燃焼なんてないですよ。大リーグボールを投げた星 飛雄馬がパキッていっちゃったような。スゴイ何かなんてないです。あしたのジョーにもなってない。もう、フツウ(笑)。 ――では、真っ先に思い出せる苦労点などは? 幾原:完全オリジナル作品ということで、コマーシャルをやらなきゃいけない義務があったんで。そういうところが作業的にしんどかったなぁ、と…。通常だとスポンサーがついていて、宣伝してくれる。著名な原作物であれば、勝手にパブリシティが動くもんだし。 今回は、そういうのが全然なかったんで…。自分で何とかしていかないと、どんどんマイナーなものになってっちゃうから。だから、まず作品を意図的にコマーシャルっぽいものにしていかないといけなかった。 ――その要素は、作品のどのあたりに映し出されているのですか? 幾原:全体的に。とにかく、パッと見で解りやすく作ろうと。キャラも音楽もポピュラーな感じに。まぁ、マニアックにはいくらでもやれるからね。その方がラクだし。 そこが(作品をポピュラーなものとしてプレゼンテーションするということが)自分の義務になっちゃったのがしんどかった。『ウテナ』以前の仕事の進め方って、その逆で、自分が率先して暴走してたから(笑)。 ――幾原さんが辺りに目を光らせて、軌道修正をしていかなければいけなかった? 幾原:そう、まわりが思っている程好き勝手にはやってないよ。 ――ここまでやりたいのにブレーキをかけなきゃいけない、というのは作り手として辛いですね。 幾原:だから、先程の言ったことに繋がるんだよ。やりたいことがやれたのは7割ぐらいとゆーやつに。 ――『ウテナ』の素材である絵や音楽を決定し、集めたのは幾原さんなんですか? 幾原:まぁ、そうだね。とにかく元が無い作品だからさ、何かと連動しているわけでもないし。だからどうすればいいのかって考えて。で、思いついたのが目立つ異物感っていうやつなんだよね。J.A.シーザーのような特殊な音楽と、さいとうちほのような完全ポピュラリティのある王道少女まんがをぶつけてみる。 そういう異物感を意図的に作り、コマーシャルのネタにした。だから、個人的な趣味でお願いしたという部分もあるし、計算していたっていう部分もある。 ――『ウテナ』はカルトなアニメだと言われていますが、本質はそうではないんですね。 幾原:観た人がどう思うかは勝手だから。そうだなぁ、こういう題材で、こういう様なストーリーをやったら、世間がそう言うのは間違いないと思っていたから。普通の人が引っ掛かるとまではいかなくても、パっと観たときにマイナーな作品に見えない様には気をつけていたな。 ――不条理と言われるその奥は、実は一般を巻き込むことも考えていたんですね。 幾原:もともと、そういうのが好きなんですよ。コマーシャルっぽい活動そのものが…。自分で言うのも何だけど、他のディレクターさんって、わりとこういう考え嫌うでしょ。たしかにコマーシャルはしんどい作業ではあるけれど、その反面、自分はこういう(コマーシャル的な作品)のって案外抵抗なくやれる。逆に全く「コマーシャルやらないでいい」って言われたら不安になるね。 「そんなマイナーなもの作っちゃっていいのかな」って。 ――そこを考慮していながらも、監督色が強く押し出されている作品だと思うのですが。やはり登場人物やストーリー全体に、ご自身が反映されていたりするんですか? 幾原:キャラは全員、どっか断片的に自分です。じゃないとやれないよ。設定なんかも自分とかぶってないと作れない。ある部分を肥大化、拡大化、誇張させてストーリーにしてる。だからどっかしら自分が入っちゃってるよ。 でもまんがだからこれは。見せ物だからね。ウソで作っている部分も相当あるから。理想とかそういうものがごっちゃに入っているから。自分そのものではないよ。最初から最後までそんな感じだよ。 ――物語の最後はハッピーエンドだったのでしょうか? 幾原:うん。アンシーがウテナを追っかけていくということが、そうなんじゃないの。外に出る…てことを描きたかったから。 ――それはキャラに重ねる断片的な自分なんですか? 幾原:うーん、きっとそうなんじゃないの。なんだかんだ言っても、僕自身まだオコチャマ(お子様)だから。 |
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CD-BOX&DVD-BOX 発売日変更
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- 2008/07/01(Tue) -
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リマスターDVDBOXとCDBOXの発売日が変更になりました。
■DVD-BOX 前編 2008年8月27日(水)発売予定→2008年9月26日(金)発売予定 ■DVD-BOX 後編 2008年10月24日(金)発売予定→2008年11月26日(水)発売予定 ■CD-BOX 2008年7月23日(水)発売予定→2008年8月27日(水)発売予定 StarChild 少女革命ウテナ http://www.starchild.co.jp/special/utena/ |
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ビーパパスの贈答品の酒をいただく係 長谷川眞也インタビュー
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- 2008/06/09(Mon) -
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長谷川眞也(キャラクターデザイン) インタビュー
ソニー・マガジンズ 「薔薇の全貌」 袋とじインタビューより ――長谷川さんがアニメーターになろうと思ったきっかけは何ですか? 長谷川:アニメーター稼業は今年で10年目になりますが、実は最初っからアニメーターを目指してたわけじゃないんです。もちろん東京デザイナー学院のアニメ科に入って勉強してた頃はアニメーター志望だったけど、その前の学生時代はそうじゃなかった。 アニメも、まあ小さい頃は人並みに観ていた程度で。中学に入ったらもう水泳の部活一筋でした。学生時代は主に、部活やバイトなど課外授業で忙しかったです。 ――じゃあその頃から絵をずっと描いてた、というわけじゃないんですか。 長谷川:いや、絵は描いてました。いろんな模写もしたし、マンガっぽい絵ですけどね。中学の時はアニメから離れてたけど、高校に入ってからまたアニメを観はじめたんです。そのぐらいから「あ、仕事として絵を描きたいな」と思いはじめました。 ――それはもう、アニメーションの世界に照準にあったと。 長谷川:そうですね。友達にそういう絵の業界にすごい詳しいヤツがいたんですよ。いまテレビで放送されてるアニメ作品をやりたきゃナントカ専門学校に入るといいぞとか、横つながりでいろんな情報をもらったんです。乱暴な言い方をすると絵を描く仕事をしたいと思った時に、別に絵の素地をすごく勉強していたわけでもなくて、当時は落書きみたいな絵しか描いてなかったから、それを仕事にしようと思えばアニメ系に落ちついちゃったんです。 ――やはり絵を描くことがお好きだったんですね。 長谷川:うん。それと絵を描くことに飽きなかったというのがある。 さっきも言ったけど、中学の時は部活や勉強にけっこう熱中してたんです。で、高校に入ったらなんて気が抜けちゃって。僕の高校が割と勉強熱心な進学校だったんですね。やっと合格したんだから、勉強はもうしなくていいじゃんみたいな(笑)。 そこでみんなとは違う、勉強やスポーツ以外に熱中できる何かがないかと探してたんです。で、8ミリ映画を撮ったり無線の資格を取得したり、望遠鏡を買って山へ星を見に行ったり・・・高校を出て少し無職の期間があって、その時は公務員試験を受けてみたり。いろんなことをやってはみたけど、その中で飽きずに残った選択肢が絵を描くことだった。だからアニメをやらなきゃ生きていけない!みたいな追い詰められたところからアニメーターを目指したわけではないんです。 ――なるほど。そうやって絵を描いてこらてたわけですが、昔から『ウテナ』みたいなタッチの絵だったんですか? 長谷川:昔の友だちに『お前を絵は、全然変わってない』と言われます。自分ではわかんないんですけどね。でも自覚できるといろいろ描き分けもできるからいいとは思う。 残念ながら、それができるほど全力で絵の勉強にのめりこんでいた時期はあまりなかったんですけどね。 ――女の子の体のラインを美しく描く長谷川さんですが、やはり昔もこの路線だったんですか。 長谷川:いやいや。男が女の子の絵を描こうものなら笑われるって云うか気恥ずかしい時期ってあるじゃないですか(笑)。だからアニメーターをちゃんと目指す時期になるまでは、きちんとした女の子の絵を描きませんでしたね。あ、でも家でこっそり落書きしていましたけど。 ――今では「現在の男性アニメーターの中で最も少女マンガの絵を描ける」と言われてますよね。 長谷川:うーん、自分ではよくわからないけど・・・どうだろう。やっぱり少女マンガのキャラをずっと描いてたから慣れてるんだとは思う。10年間アニメーターやってて、そのうち8年間は少女マンガのキャラを担当してるから。単純計算で『セーラームーン』を5年、『ウテナ』を3年ですからね。それ以外は『ゲッターロボ』 『エヴァンゲリオン』ぐらいしかちゃんとかかわってないし。いまはすっかり少女マンガ専門のアニメーターのイメージがありますね。 ――『ウテナ』で完全に長谷川さんのカラーが確立されたように見受けられますが、ご自身ではどのように思われていますか? 長谷川:うーん・・・けっこう自分の型が決まってしまうのに、抗ったりもしたんですが。アニメーターは本来はまんがが原作であれメカであれ、好き嫌いなくあらゆるタイプのキャラクターや動きを描けないといけないんだと。システムの中のアニメと個人的な仕事はそういう意味では矛盾しています。気をつけていてもクセが出てしまうのは仕方ないですねえ。まぁ、最近はアニメ以外の仕事も多いし。 ――アニメーターを目指すうえで、影響を受けた作品はありますか。 長谷川:これはカッコいいなって一時的にハマッたのもあった。だけどいまだに残っているのは何かって言われると、すぐには思い浮かばないなあ。 ――この作品を精神的な糧にアニメーターを続けています、ということはないんですね。 長谷川:そこまで執着している作品ってやっぱり無いなあ。逆に他のアニメーターさんって、そういうのあるの?この作品が人生の師匠です、みたいな。 ――けっこう多いようですよ。学生時代に感銘を受けた作品が創作活動の軸になってるというアニメーターの方は。 長谷川:このヒトの作品は一生越えられません、みたいなものかなぁ。僕の場合、一生懸命思い出せば出てくるかもしれないけど…。そこまで興味を持ってアニメ作品って覚えが無いんですよね。だからって決してアニメが嫌いとかなんじゃないですよ(笑)。 さっきも言ったけど作品数は本当にいっぱい観たし、アニメのために割いた時間も多いしね。いろんなアニメ作家がいると思うんですよ。僕みたくあまり特定の作品にのめりこんでいない人もいるし、逆に影響を受けちゃうから、一切他の作品から情報をシャットアウトしてる人もいる。それとは逆に他の作品からリスペクトして、ラクチンにすごい作品を創れる人もいるし。そういうのって百人百様ですよ。それに特定の作品にめちゃくちゃ入れ込んでいて、『今は作り手やっています』ってやり方だと、その作品からどうしても逃げられないというか、限界を作っちゃうんじゃないかと思うんですね。 僕の場合きっと自分では気づかないけど何かの作品に影響を受けて、いまに至ってるとは思うんですが、それを特別に意識しようとは思わないです。物を創るうえでの枷になるというか・・・。 ――何か創作というものに対してかなりの信念を持っていらっしゃるようですね。制作側に10年居て、長谷川さんから見た他のアニメーターさんの傾向などはどうなんですか。 長谷川:こういう業界だと狭い範囲で「自分の趣向に沿ったもの以外はやりません」という人はやっぱり多いかな。なんかどこかに頑固過ぎると云うか。でも否定の気持ちは無いですね。その筋のプロであればいいんだし。 「●●さんの作品ってスゴいよね、ああいうの作りたいよね」と言い続け、なんとか●●さんフリークの横つながりでそこに行き着く。そうやって業界内でたくましく人脈作ってやってる人もいる。そういうのもその人の信念だし、そのやり方もありだと思う。 ――特定の作家さんや作品が好きだと言っていれば「じゃあ自分と魂は同じだ」みたいなつながりで仕事が回ってきたりすることもありますね。 長谷川:うん。このアニメ業界、やっぱりみんな昔に同じアニメを見て仕事を始めた人が多いし。でもね、僕たちが見てたアニメを作ってきた世代の人たちは、別にアニメを見て仕事を始めた人たちじゃなかった。それこそアニメーションの創成期で、画家やマンガ家を目指してたけど食えなかったり、たまたまそこに配属されて何もわからないままアニメをはじめた人たちが多かったり。でも実際にスゴい作品を創ってきた人たちなわけですよ。 つまり僕たちが憧れているアニメ作家の人たちの原点はアニメじゃないところにある。きっと僕たちの世代が、いくらアニメが好きだったって言っても、原点をたどってゆけばアニメじゃない別の地平に出ていくんじゃないかって思います。だからいまからアニメーターをやりたいような若い人は、アニメだけじゃなく視野を広く持った方が絶対にいいと思います。 アニメの作業ってついつい狭い世界で影響しやすいから。それで仕事的には事足りるから満足しちゃう。僕がそうだったからってわけじゃないけど、いろんな物事を吸収しておいた方が、キャラの絵を描くにしても絶対にいいはずだから。 ――それでは順を追って『ウテナ』の軌跡と長谷川さんの関わりを聞かせていただきたいのですが、いつぐらいからこのプロジェクトが動き始めていたのでしょうか? 長谷川:まだ東映動画で作業してた頃ですから'94年の末頃かな。それこそ『セーラームーン』を手掛けてた頃です。幾原さんももちろん東映です。たまにやってきては「こんな感じの絵描ける?」みたいな感じでとあるまんがを持ってきたり。まだ『ウテナ』のカタチにはなっていなかったけど。 ――具体的な話が正式にきたのは? 長谷川:うーん当時、幾原さんからは内々で新作の話をいろいろ聞かされてたんですよ。実はさいとう先生にターゲットを向けている、とか。すべてが決まり次第東映を抜けるとか。で、やっぱりキャラデザは・・・どうしようかなぁ・・・とか(笑)。 ――幾原さんは、もう新企画のキャラデザをやってもらうのは長谷川さんしかにないと思っていたのではないですか? 長谷川:それは・・・どうだろう(苦笑)。でも幾原さんも東映を辞めて「さあ新企画を動かそう」ってときでもあったし頑張っていたからね。それに僕が東映を抜けた時期と彼の動きがちょうど合ってたから、東映の作画マンの中では僕に声をかけやすかったというのはあったんじゃないでしょうか。僕は当時、それとは別で庵野さんに「手伝わない?うちでやんない?」って誘われていた。で、その年の秋口ぐらいに幾原さんが独立して例の企画を進めるということを正式に聞いたんです。だから偶然だけど翌年からは、同時に2本の作品を手伝うことになったんです。 ――ほぼ同時進行だったんですか。 長谷川:そう。次の年の'95年の4月には『エヴァ』の作画に入ったんですけど、5月にはさいとうさんに会ってた。夏にはこのビーパパスの事務所を探していて、その頃には『ウテナ』のスタッフ集めを本格的にやってました。しんどかったですよ。元旦に打ち合わせをやってたしね。幾原・さいとう・榎戸・僕で合宿をしようと言われたけど、僕だけ欠席しました(笑)。 自分のイメージがないままの打ち合わせが、めっぽう不本意に思えたので、当時は元旦からずーっとスタジオにこもって、キャラを煮詰めていましたね。 ――ウワサでは、さいとう先生のキャラをアニメ用にリライトするのは大変だったとか。 長谷川:えぇ、放送の数ヶ月前の年末まで、ずーっとキャラデザ作業でしたから。何回描いてもダメ出しの連続で。最初のうちの、作画の打ち合わせはすべてラフのキャラデザで行ってましたよ。なかなか決め込めなくて、なんだかんだで1年ぐらいキャラを創るのに費やしました。JCスタッフに制作を依頼しようと決めたのはわりと早かったんですが・・・。 幾原さんも東映の仕事を春まで引きずっていたし、作業はなかなかうまく進まなかったです。だからみんな、ちゃんと集まれることも少なくて。ビーパパスも最初はフロアに机が4基だけポツンとあったきりだったんです。まあ座るモノぐらいは買っとこう、だけど他には何にもなかった。それで僕はずーっとそこで作業して寝る日々の連続。そんな生活・・・うーん最悪だったなあ(笑)。 ――それでは最終的に、キャラデザ作業はどのあたりでまとまったのですか。 長谷川:まず別作品を同時に描いてたから、その線を自分で消していく作業が大変でした。あとキャラデザの仕事だけを長い期間やってると、逃げ場がなくなっちゃうんですね。だから同時進行の時期は大変だけど、ある意味ありがたかったところもあったりして・・・。どちらかが煮詰まっても、片方に作業転換できる心の余裕がありましたからね。 『セーラームーン』を降りたくなったのもそれなんですよ。5年近く同じ作品をやってると、物を創る上での逃げ場がなくなる。また、そこでしか評価されない辛さもあったし・・・。仕事の上で身動きできる余裕って必要だと思うんですよ。でも『ウテナ』で、最終的に全然逃げ場がなくなった。とにかくキャラクターはこの作品で最重要課題だったし、それがないと先に進めない切迫感もあった。作業に集中するしかなかったんだけど、産まれるまではしんどかったですね。 ――キャラを生み出す作業に、誰かのフォローは無かったんですか。 長谷川:はじめは幾原さんとのキャッチボールでした。自分で描いてる時はベストだと思ってるから、堂々とキャラを提出しますよね。でも「うーん、ちょっと違う」ってダメ出しが何度も何度もあって・・・。さっきも言ったけど最初は『エヴァ』に似てるって、繰り返し言われた。自分では熱くなってるからよくわからなかったけど、冷静になると確かにそう見える。だからまず別作品のタッチを払拭する作業があって、その次はさいとうさんの絵に近づける作業の連続。 すると今度は「お前、コレさいとうさんの絵に似過ぎだよ」ってダメ出しされて、じゃ、どうすりゃいいのよって(笑)。長谷川の個性を出せって言われたけど、それはさっきやったけどダメだったじゃん! みたいな争いはしょっちゅうでした。それでどんどん追い込まれていったなぁ。それからはどこで区切りをつけて決定稿とするか、自分の中でのせめぎあいみたいな感じでした。 ――何かによりかかることも無く保証もなく、アニメーションを立ち上げることに不安はなかったですか? 長谷川:不安がなかったといえば嘘になる。当然、最初に生活の最低限保証としていくらか貰っていたけど、作業が具体化するまで基本的には無収入だったし。でもキャラを作るのに必死だったから、生活のことは気にならなかった。実際にまったく家に帰らずスタジオにこもってましたから。それと、自分自身をそこまで追い詰めるとどうなるんだろう、神風が吹くかもしれないって子供じみた期待がどこかにあった気がする(笑)。 正直最初は、そういうギリギリのところで何かが生まれるという、ある種の破壊的な発想に憧れてはいたけど、実際はそうじゃないことを思い知った。やっぱりその時の作り手の辛い部分がにじみ出ちゃうものでね。芸術家ならそれを個性にしている部分もあるし、だからこそ名作が完成するんだという考えもある。でもアニメは娯楽だからそれじゃダメだと思うんですよ。 だから逃げ場のない時期に描いたキャラの表情が結果的にユーザーに対してハッピーな顔をしてないな、と。そう思った時期は精神的にはかなりキツかった。 ――それはずっと? 長谷川:オンエアの最初の時期はずっとそう思ってました。描かなきゃ生きていけない、そんな感情で描いたキャラはやっぱ楽しそうじゃないんですよ。かと言って楽しく描けって言われても、それは技術の問題じゃないから難しいんですよ。 ――放送時はどんな生活をされてたんでしょうか。 長谷川:もう、延々スタジオにいました。あんまり楽しい話じゃないですよ。精神的にスレスレの生活だった。確かに絵がないと始まらない作業だから、しっかりやんなくちゃとは思ってたけど、どこか人間としてのリミッターが働いてしまう。おかげでいろんなお酒の銘柄を覚えました(笑)。外へ独りで飲みに行ったり、僕が眠るときに周りが作業してる場合とかは、気になるから強制的に酔っぱらって寝ちゃったり・・・。放映が終わるまで丸2年ぐらいそんな生活だった。やがてどの境地に行き着くかというと・・・坊さん(笑)。 放送の後半はみんなに修行僧って呼ばれてました。なんか主張が削ぎ落とされていって、最後の方は持てる欲望はお酒だけになりましたね。 ――凄まじいですね。何がそこまでさせたんでしょうか。やはり自分だけじゃなく、他の人たちが関わってるというところでしょうか? 長谷川:人のためにやってる、という思いはありませんでした。何度も言うけど、僕には逃げ場がなかったから。仕事をする上での保障の問題も含めてですけどね。僕はずっと基本的にフリーのアニメーターなんですよ。『〜セーラームーン』から次へ次へ、仕事のステップ変えることが出来たのも、やっぱりひとつひとつの仕事でそれなりに実績を残せたからだと思う。だから『ウテナ』で結果を出さないと次へつながらない、という崖っぷちの恐怖感をずっと持っていたから。だからあの辛い作業を耐え抜いたんだと思う。 フリーランスの仕事の基本は常にその場の実績がすべてですからね。クールにその仕事だけでサヨナラって場合も多いですし。だから多少の追い込みは必要です。でも・・・ちょっと追い込み過ぎた感も有りですね(笑)。 ――『ウテナ』のテレビシリーズが動いていた2年間、作品やキャラに対してどのように思い入れや視点は変わっていったんでしょうか。 長谷川:作品に関して言えば、最初に決めたのからあまり変わってないですよ。あと僕個人としては作品を作る過程で、どこでどう動いたらどこがこうなるんだ、という制作上の俯瞰的視点は勉強できました。版権物がユーザーに受け入れられる流れとかね。 絵だけ描いてると、そういうのって解らないんですよね。「絵だけ上手くなればそれでいい」みたいな・・・。だけど『ウテナ』の作業では、絵の提示の仕方など絵画技術だけではない、キャラクターデザイナーとして作品づくりの進め方を学ばせてもらいました。絵で言えば、ちょっと後半ふっきれた感はあります。前半は少女マンガを意識し過ぎちゃってガチガチだったけど、最後の方ではいわゆるハレンチなタッチになっていった(笑)。自分でもそういうことができるゆとりが出てきたんだなと感じました。その方が結果がよかったしね。幸か不幸か作品的にもそれでOKみたいな展開にもなった。 だから夏以降は気分的に楽でしたよ。版権物のポスターでも、ちょっとキャラの肩を出して描いてみたりとか。その方が格段にかっこよくなった。 やっぱり描く上で余裕は大事です。カット発注でも設定やポーズや小物まで指示された発注はよくあるんですが、少し余裕のある設定をもらった方が後からもいいと思える出来です。まあクライアントの提示した発注を確実にあげないとプロとは言えないんですけどね。 ――最近のお仕事は余裕を持って作業されてますか。 長谷川:はい。・・・そうしようと努めてます(笑)。 絵描きって、つまるところ手先だけの狭い視点で仕事してるじゃないですか。だからどうしても作業中は視野の幅が狭くなっちゃう。なので意識してないと本当にドツボにはまることが多い。だから自分の仕事にクールに距離を置いてってわけじゃないんですけど、そういう精神的な幅は大事にしたいですね。またそれは、長く続けるための秘訣だと思う。 例えば「もうこれで俺はダメだ」と思って突然郷里に帰っちゃう人もいるけど、大半はそのダメってのは人が決めたことじゃなくて自分でそう思いこんじゃってる場合が多い。仕事を続けていくには、何か失敗してもそのダメージに足をとられずに、次のステップに移行できる気分の余裕を見いだせることが必要だと思う。「これがダメでもこっちがあるよ」という選択肢をたくさん持っていた方がいい。 かといって「ダメでもいいよ」ということではなく、ひとつの仕事はきちんと責任を持ってやる。僕もこれからひとつのものにのめり込むことなく、いろんなタイプの仕事を大切にやりたい。その方が気持ちも楽だし、結果も出せますからね。 意外とね、そういう幅のあるリラックスした状態で描くと自分の予想を越えた出来のものがあがる時がある。だから自分の引き出しを常にいろんな方向に空けておきたいですね。 ――長谷川さん自身、余裕を作るための具体的な対策は? 長谷川:映画をけっこう観ていました。作業中、煮詰まると独りになりたい気持ちが強かったんです。美術館とか、スタジオじゃないどこかの別の場所へ行ったりとか。 ――このプロジェクトの発端者であり、同志の幾原監督からは励ましの言葉などはあったんですか? 長谷川:(苦笑) ネコニャンニャンとかそんなことばっかり言ってたなぁ。いや、励ましてくれた覚えってあまりないですよ。自分が「くそっ、死にたい」とかそんなことばっかりボヤいてましたから。言葉はあんまり残ってないけど・・・まぁこっちが追い込まれた分、広い心でいてくれたから・・・。助かったなとは思います。 自分でも制御のきかない、少し突っ走った絵を描いた時期があったりしたけど、それをとやかく言わないでくれましたね。後でチクッと、ダメを出されたこともありますが・・・。今から思うと相当子供じみたリビドーにまかせた仕事をしてたな、と思う事もあります。みんなそれに全然黙ってたわけじゃないんですけど、こちらの作業のテンションを折っちゃうようなことはなかたです。 あとね、スタジオにずっとこもってると、大してドラマチックなことなんてないんですよ。自分が追い詰められた時、誰かに肩をポンと叩かれて励ましの言葉に後光が差していた・・・みたいな。全然なかったですよ(笑)。でも自分自身、作業は苦しいままだったけどだいぶ気分的にはふっきれたところがありましたからね。ちゃんとした励ましがなくても何とかうまくやれたと思っています。 ――いつの間にか精神的な余裕が生まれたんですね。縛られていない分スタッフへの絵の提示の仕方もだいぶ変わったんじゃないですか? 長谷川:どうかな!?あまり変わってないとは思っているんですけど。やってる時はプロである以上、どんな時でもその時にベストなものを描くものだ!描いていいんだ!とは言いますけど。先程も言ったように、その方がいいものが描ける。途中の僕の絵なんて「キャラのアゴがとんがってきたな」「鼻が高い」「目が大きい」とかみんな心の中では思ってたらしいけど、描いてる方はそう思ってなくて・・・。その辺、みんなわかっているんだけど、その時はあえてつっこまなかった。ありがとうと言いたいです(笑)。もし作業中に言われてたら絶対、ヘコんで手が止まってましたからね。 ――テレビ版『ウテナ』がひと段落したときの心境は覚えていますか。 長谷川:いままでしゃべったようなことを、気づいたかなと。あとは終わってみて、仕事をする上での自分の状態っていうものを冷静に観察できるようになった。まさに悟りを開いたってヤツですかね(笑)。ますますイメージが坊さんに近づいてしまいました。あ、でもすぐに劇場版の話が来たんですけどね。まぁ、具体化するまでに1年近くあったから、他の仕事を手伝ったり・・・。 あとはインドに行ったり、パソコンいじったり。引き出しがカラになってたから、少しでもモノを溜めておこうと・・・と言っても、劇場版でまた引き出しがカラになるんでしょうけどね。 (1999年4月14日 ビーパパスにて) |
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光さす庭 Techno ver視聴開始
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- 2008/05/27(Tue) -
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すたちゃまにあ 『少女革命ウテナ』DVD・CD-BOX特設サイトにて、
CD-BOX収録予定の新レコーディング曲「光さす庭」Technoアレンジの視聴が出来ます。 starchild 少女革命ウテナ http://www.starchild.co.jp/special/utena/cd.html |
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絶対運命黙示録 Bossa Nova ver視聴開始
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- 2008/05/19(Mon) -
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すたちゃまにあ 『少女革命ウテナ』DVD・CD-BOX特設サイトにて、
CD-BOX収録予定の新レコーディング曲「絶対運命黙示録」Bossa novaアレンジの視聴が出来ます。 starchild 少女革命ウテナ http://www.starchild.co.jp/special/utena/cd.html |
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リマスターDVD-BOX&CD-BOX発売情報
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- 2008/05/15(Thu) -
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■ DVD-BOX 前編 (初回限定生産版)
2008年9月26日(金)発売予定 品番:KIBA-91500〜91505 価格:税込¥31500 (税抜 ¥30000) 収録:TVシリーズ 第1〜24話 長谷川眞也描き下ろしパッケージ仕様 豪華ブックレット2冊封入予定 ■ DVD-BOX 後編 (初回限定生産版) 2008年11月26日(水)発売予定 価格:税込 ¥31500 (税抜 ¥30000) 品番:KIBA-91506〜91511 収録:TVシリーズ 第25〜39話 劇場版「少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録」 映像特典:ミュージカル・少女革命ウテナ (1997年博品館劇場公演) 美術ボード・ミュージッククリップ収録 長谷川眞也描き下ろしパッケージ仕様 豪華ブックレット2冊封入予定 ※共にHDテレシネ・デジタルリマスター版 5.1chサウンドリニューアル ■ コンプリートCD-BOX 2008年8月27日(水)発売予定 価格:定価¥12600 (税抜 ¥12000) 品番:KICA-920〜928 収録:絶対進化革命前夜 (1997年7月24日発売/KICA-354) バーチャルスター発生学 (1997年11月6日発売/KICA-374) 体内時計都市オルロイ (1998年1月1日発売/KICA-387) 天使創造すなわち光 (1998年2月4日発売/KICA-389) さあ、私とエンゲージして… (1998年4月3日発売/KICA-396〜7) 麗人ニルヴァーナ来駕 ボクのアンドロギュヌス (1999年5月28日発売/KICA-461) 薔薇卵蘇生録ソフィア 中世よ蘇れ! (1999年5月28日発売/KICA-467) アドゥレセンス・ラッシュ (1999年8月14日発売/KICA-471) NEW ALBUM 「絶対運命舞踏会 -UTENA in the CLUB-」 さいとうちほ描き下ろしイラストBOX仕様 新規編集120ページブックレット封入 DISC10枚組 ※デジタルリマスター版 StarChild 少女革命ウテナ http://www.starchild.co.jp/special/utena/ |
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幾原邦彦×竹宮恵子 『ウテナ』対談
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- 2008/05/11(Sun) -
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幾原邦彦(監督) VS 竹宮恵子(漫画家)
マガジン・マガジン「小説JUNE」 98年5月号より 「ウテナ」といえばまず目を奪うのは不思議でシュールな演出。空中に浮かぶ城、突然あらわれるカンガルー、影絵少女……どことなく70年代の前衛演劇に通じるムードを感じさせてもくれます。 寺山さんの演劇・天井桟敷の作曲家J.A.シーザーによる音楽もはまっていました。 生前の寺山さんと交流のあった竹宮先生も、決闘シーンのバックに流れるシーザーの楽曲に「『鉄腕アトム』のタイトルバック曲をはじめて聴いたときみたいに「これはクる!」って感じたものがあった」そうで、仕事場のBGMに「ウテナ」のサントラを愛用していたことも。 竹宮:「ウテナ」で使われているシーザーさんの楽曲はアニメらしく強い明るい感じですよね。ふだんのシーザーの、ちょっと寺山さんの跡を継いでるようなイメージがなくて、強くて張りがあって良かったなと。「なんだこういうふうにやったらまた全然違う感じがするんじゃないか」って。 幾原:そこらへんを気をつけて作ったというか。まあ、名前を出すのもあれなんですけど、寺山さんって、死んでから、シーザーさんも含めてどんどん文学化されていったんで、もうちょっと、寺山さんの好きなところで言うと“キッチュ”っていうか、楽しいものにしていきたいなあ、と。 竹宮:カフカ(※フランツ・カフカ)なんかでも、なんであんな重たいまんまにしておくのかなあ。すごいおかしいんですよ、カフカって。とんでる。 ――朗読をみんな笑って聴いてたという。 竹宮:笑えますよ、すごく。どうして深刻なものとして扱うんだろうなあ、時代が早すぎたのね、って感じがするし。それは寺山さんも同じなんじゃないかな。もっととんでしまっていいんじゃないかなって。私は歌が一番好きなんですよ。 幾原:詩がいいですよね。 竹宮:詩とか歌とか、投げ捨てるような感じがあるじゃない。 幾原:カッコイイですよね。でも、それ故に僕には寺山さんはちょっと分かりやすすぎて。これは作り手になっちゃったからそうなんでしょうけど、あまりにも完成しちゃってるから、近づきたいと思わなくなっちゃったんですよね。 ――「ウテナ」は宝塚との融合みたいな。 幾原:いや、そういうのは全然ないです。宝塚にしても少女マンガにしても、僕がマジにやればやるほどパロディになって行っちゃう。なんとかパロディにしないで済む方法がないかなと考えてシーザーさんとかでてくるんです。単純に宝塚的にしちゃうと、どんどん“宝塚のようなもの”になって行く。それが怖かったんですよね。 ――それで心理的なものに。 幾原:それも突っ込んで行くとパロディみたいになっちゃうんですよね。それこそJUNEのパロディみたいに。そういう意味でキッチュにしたいなと。 竹宮:最初は「何、このとんでもないアニメは」って笑って見られるようなところもあったし。で、まとめて見ると「けっこう重いじゃないか」みたいな。 ―― 一応、女の子の視聴者を想定して作られたんですか? 幾原:入口はそうでしたね。企画段階では、スポンサーやメーカーの方に、少女マンガだって言わないと理解してもらえないので。でも、いざ制作をスタートしたら、僕の中ではそんなことどうでも良かったです。 ――じゃあ、さいとうちほさん(キャラクター原案とマンガ版を担当)が少女マンガにふみとどまっていたという。 幾原:っていうかね、さいとう先生がいると僕、楽なんですよ。いなかったら、僕が少女マンガのパロディしないといけなくなっちゃって、そうすると嘘くさいですよね。どんどん偽物っぽくなって。でもさいとう先生がいてくれると、僕が何も言わないでも「宝塚ですね」って(世間は)言ってくれるし。 ――最後までのプランは初めからできてたんですか? 幾原:できてないですね。キーワードみたいなのは最初からあったけど。“世界の果て”とか。 ――世界の頂上まで登って世界を見下ろすことになるから、企画段階で、主人公に天上って名づけたって聞きましたけど。 幾原:いやなことを知ってるねえ(笑)。 ――結局、「ウテナ」は、アンシーが主人公だったんでしょうか? 竹宮:「ウテナとアンシーの話なのね」って最終回の5回前ぐらいに言ってたんですよ。でも終わってみると、「なんだ不特定多数の話だったんだ」って思った。 ――アンシーっていやな子ですよね。 竹宮:そうですかね。私は全然。 ――個人的に、女の子に嫌われるだけだよなあと思ったんですが。あれが綾波(「エヴァンゲリオン」)だったらもっと人気があったような。 竹宮:綾波の方がやな子じゃないかなあ(笑)。女の子集団にとっては。 ――でも、人気キャラにしようと思ってアンシーを出したんですよね。 幾原:できなかったんです。途中でそういうことを放棄しちゃったんだよね。なんでそうしちゃったのかなあ。媚びるのがいやになったんだな、視聴者に。そういうの一切やめちゃった。 竹宮:じゃあ、作っているなかで一番大事にしていたのは何ですか。 幾原何でしょうねえ。忘れちゃったなあ。 竹宮:だから私は“出ちゃってる”んじゃないかと思うんですよ。幾原さんの心理的な部分がね。あんまり“作ってる”気がしない。 幾原:そうですね。 ――特に「エヴァ」の後だったせいもあって、作られてるんじゃないかと、みんな「ダマされたくない」みたいな。 幾原:ひとつひとつの描写には当然、隠喩みたいなことはあるんですよ。とりあえずそうじゃないと周りのスタッフが納得しないんで(笑)。でもそれ(視聴者に自分の意図を理解させること)が自分の中で大事なことかっていったらそうでもないんですよね。 竹宮:「このシーンはなんの意味だったの」っていうのはばかばかしいっていうか。最初は薔薇の花嫁だからこそ剣が出て来るんだと思ってたら、(第2部は各キャラが剣を出すから)「なんだ全員オッケーなんだ」って、そのあたりで理解しようというのを捨てました(笑)。ただ感じるだけ。 幾原:賢明ですねえ(笑)。 竹宮:決闘っていう形で決着をつけて、段階を上がっていくっていう形をとっただけ。 幾原:そういうことですね。でも、さっき先生が「ただ感じるだけ」と言って下さったのは、最高の誉め言葉だから嬉しいです。 ――竹宮先生はストーリーとキャラクター、どっちが優先されます? 竹宮:ストーリーのためにキャラクターが変わって行くのがすごくイヤなんですよね。私の「天馬の血族」は特に実際に年をとって成長していく話なので、環境によって変わってしまうじゃないですか。それが最初の印象とあまりずれないようにするのが大変。どちらかというとキャラ優先であるべきだとは思う。 ――ウテナの方は成長したんでしょうか。 幾原:どうでしょう。そういう意味では僕は出たとこ勝負ですから。 竹宮:ウテナは変わらないっていう話でしたよね。 幾原:まだ、自分が何をやったのかよくわかんないんですね。 ――さっき、不特定の話だって思われたっておっしゃってましたが? 竹宮:だから、“ウテナみたいな女の子”、“アンシーみたいな女の子”っていう不特定のものっていう感じだったんです。それがゲームっぽいなと思った。企画のきっかけはゲームからだって聞いたんで。自立というか、自分を発見する話。女の子が「自分は何なの?」って規定する話っていう感じで。 幾原:自分の心境がそうだったんじゃないですかね。自分の短い生涯を振り返ってみると(笑)、山から追われたっていう印象が非常に強いもので。「山から追われました、これから一人で生きて行きます」っていうのを「ちくしょう、よくも俺を追い出しやがって」って卑屈にならずに明るく描きたいなと思ったんです。最後は特にそうでしたね。“山”はもちろん、ウテナで言うと“学校”なんですけどね。 学校っていうのはもっと言っちゃうと自分がもともと所属していた社会であるとか、そういうことなんですけど。学校自体がひとつの社会ですから。まあ、これからも追われることはあるかもしれません(笑)。 竹宮:だからラストでウテナが忘れられた存在になっちゃいますよね。ああいうのも現実世界にありがちだと思うし、人は昔の事実を都合のいいようになかったことにしちゃうみたいなところあるじゃないですか。そういう比喩をすごく感じて、面白かったです。 ――ウテナは最初からあの話数だったんですか。 幾原:最初からその予定でしたけど、途中で息切れしてかなり息切れしてかなり苦しくなりました。それは制作のキャパで、体力なかったんで。 ――第2部の根室記念館のくだりが面白かったんですが。 幾原:僕はあのへんがダメだったんです。ただ今にして思えば、あれがあってようやくついて行こうと思った人もいるんじゃないかと(笑)。あのあたりはかなり不安でしたね。居場所が決められちゃうんじゃないか、「ああ、これはこういう作品か」ってされちゃうかなって。すぐコミケの人たちは居場所を決めちゃうから(笑)。 ――そのあたりは裏切ろうと。 幾原:裏切るっていうか、そういう(パロディとして消費される作品の)つもりで作ってたんじゃないかった。むしろ居場所のない作品にしたかったんで。 ただどうしてもそうならざるを得ない時期があったんですよね、じゃないとスタッフが理解できなくなっていたし。だから第3部は第2部を巻き返すのに必死でした。でもいきなり第1部と第3部を合体させたら誰も見なかっただろうな(笑)。 ――特に第3部なんか人に説明のしようがない。人から話を聞いてても「車がとにかく走っててさあ、なんか暁生が胸をはだけてさあ…」(笑)。 竹宮:なんか人に言いたくなっちゃうんですよね。 ――その熱気がとにかくすごいんで「しまった見にゃあいかん」みたいな。 幾原:それをもともと狙ってましたから。第2部で何が不安だったかと言うと、口で説明できそうな話になって来てたから。そういうふうに言葉にしようとしても、説明できないと言われるのが一番ありがたい(笑)。 竹宮:まず初めに「変なんだよ」って(笑)。 竹宮:女の子にとって、王子様っていろんな意味で象徴的なものですね。王子様のようなりりしい女の子っていうの。特に(暁生とウテナが)一夜を過ごすところ。 幾原:あそこはやってて恐かったですよね。嫌がらせかなっていう感じになっちゃうんで、ブレーキ踏みつつやってたっていう感じですね。僕は女性じゃないから、そこにほんとに突っ込んで行くと「余計なお世話だよ」っていう話になるんじゃないかと。 竹宮:私は全然そういうところはなかったですね。 ――「女の子っていうのは薔薇の花嫁みたいなものですから」っていうアンシーのセリフ、かなり思い切ってるなと。 幾原:だからそれにしても、僕は女性じゃないですからね。そういう言葉を僕やうちのスタッフが作っちゃったりしても、なんか説教になっちゃうっていう。もちろん視聴者が説教だと取らなければいいかもしれないんだけど。でもやっぱり作り手である僕が男性だから、そんなこと言っても何かねえって(笑)。 竹宮:遠慮ですか、それは? 幾原:なんか嘘っぽいっていうか。女性のほっぺたをはり倒して「目をさませ!王子様はいないんだ」って言ってもねえ。別に女の子に説教したいわけじゃなかったですし。 竹宮:でも女の子はそういうところたくましいんじゃないですか。何言われても平気っていうところもあると思うし。 幾原:向かって来てくれる分にはいいんですけど、押し付けがましくなっちゃうとマズイなと思ってブレーキ踏んでたんですけどもね、どうしても話進めるために止められなくなってる部分なんですよね。 ――竹宮さんの場合、そういう不安ってないですよね。 竹宮:別に女の子の話、男の子の話って思わずに描いてるからだと思うけど。ジルベールにしろセルジュにしろ、男の子であっても読者が同化できるんならそれでいいし。だからそういう意味で遠慮したことはない。「これって女性蔑視のセリフじゃないっ」とか良く言われるんですけれども、「だからなんなの」みたいな(笑)。 幾原:確かにやってる途中でそのキャラクターが女性だからとか男性だからとかあんまり考えないですね。ただ、さっきみたいなセリフが出てくると、どうしても、自分は男性なんだと意識しちゃってブレーキがかかるんですよね。 ――男の立場から、王子様を求められても困るというのはないですか。 幾原:いやそれは、僕もお姫様とかお母さんを女性に求めてしまいますから、求められた時はお互いに求め合いましょう、と折り合いをつけますけれども(笑)。まあ、世の中にはそれでは納得してくれない子もいるだろうから。その子達のためにこのアニメを(笑)。 竹宮:“世界の果て”っていうのが、王子様のなれの果てなのかなあと。あんまり王子様にこだわってると逆に普通の人になっちゃうよ、みたいな。いつまでも子供でいる大人っていう感じで。そういう皮肉なのかなあとか(笑)。 幾原:皮肉じゃないです。女の子が王子様を求めているとかいないとか、男性が考えるそういう女の子全般に対する解釈自体がステレオタイプの考えだったりするから。それよりは「王子様になれなくてすまん!」っていう自分の気持ちの方が強くフィルムに出たんじゃないですかね。やっぱり僕は男性だから。自分はどうやら王子様になれそうもないなあって(笑)。 ならなきゃいかんっていうのも、志としてそれが大事だっていうのも良くわかる。けどちょっと難しそうだっていう。まだ諦めたわけじゃないんだけど、どうやら王子様にはなれなさそうだっていう状態の人が作った作品(笑)。 竹宮:女の子にとって王子様って何でしょうね? 幾原:自分の主体をゆだねられる人。もっと言ってしまうと、単純にはお父さんですよね。 竹宮:王子様とかお父さんて支えてる人がいるわけですよね。従女とか妻とかが。そういうのがアンシーになるのかな。 幾原:あんまり僕が言っちゃうといやらしくなるんですけど、女性が見た都市とか社会の中には、やっぱり父性とか王子様っていうイリュージョンがあるんではないかと思ったんですよ。存在してほしいというイリュージョンかもしれないですけど。 竹宮:年とっても少女でい続ける人には、それはあるんじゃないでしょうか。憧れというより、少女であり続けるために必要なもの?そういう意味では大人になっちゃったのかな、幾原さんは(笑)。なれないって規定をしているわけだから。 ――企画段階ではウテナが世界を見下ろす、というのも、そのイリュージョンとの隔たりを示す、という? 幾原:そうですね。女性を通して社会システムを考えようってことでしたから。 竹宮:見下ろすっていう言葉だけ聞くと、勝ち誇った感じありますけどね、結末はそうじゃなかったですね。 ――最初に考えていたのとは、違うとこ行ったわけですね。 幾原:いやそうでもない。やっぱり必然なんですよ。結局僕がアニメで描かれているウテナのポジションと同化しちゃったから、ああなったんだと。嘘をつきたくなかったんじゃないかな。見下ろせるようなところまで自分が行けてないからね(笑)。 ――幾原さんは完全無欠の王子様になりたかったんですか? 幾原:それはそうですよ。 ――それはお姫様は大勢のハーレム状態? 幾原:男性は普通そうですよ(笑)。 ――そういう考え方も“世界の果て”なのでは(笑)。 竹宮:お聞きしたかったのは、女の子にとっての“一線を超える”というところですね。「ウテナ」は案外簡単に飛び越えるじゃないですか。 幾原:ああ、深いところは考えてないですね。というか、どうでもいいっていうことを単に提示したかっただけかもしれないですね。純潔とかどうかにこだわってる人が多かったんで、そういうことはどうでもいいんですって表明したかったんでしょうね。 竹宮:でも今時の子は全然こだわっていない方が多いんじゃないですか? 幾原:そうですね、だからそうしたっていうのはあります。でも、アニメーションだからこそ純潔は大事だという枠に入れたがる人は多いんじゃないのかな。 竹宮:逆に純潔かどうかを理解の指標にしている人は多いんじゃないのかな。それを超えると大人なんだとか。 幾原:そうですね。純潔であるかないかで、絶対悪であるとか正義であるとか線を引きたがっている人が多かったんで、そうはしたくなかったっていうのがありますね。マンガにしてもアニメにしても現実に対するモチベーションになるわけじゃないですか。読者や視聴者にとっては。その中で社会で言うところの絶対悪って純潔じゃないってことですよ、て僕が線を引いちゃうのが嫌だったんですね。たかが、フィクションに過ぎないアニメーションで肉体的に純潔であるかないかで線引きをするっていうのは。 竹宮:私が「風木」を描いてた時期には、まず一線を越えるか越えないかが問題(笑)。でも私の頭の中では純潔に全然興味がなかったので、最初から超えちゃってて、そこから始まったっていう。それがわかんないようじゃ何も語れないっていう感じで。 幾原:あと、作者が男性の場合、ものすごい特殊能力があったりする女性キャラだと、女神とか、巫女さんにしたくなるんですよね。社会の中で、巫女さんのポジションだと、男性はホッとするんですよ。だから僕自身、それにあらがいたかったのかも。 竹宮:私も巫女だと言われたことがあるぞ(笑)。全然そうじゃないのに(笑)。その頃、私って現実感覚がなくて、それこそ切符も買えない奴ですよ。社会のことを見てない。だから誰でも巫女さんになれますよ、閉じこめておけば(笑)。 幾原:僕が先生のマンガで好きなのは、街の話を描いているところ。都市論みたいなのがでてくるのがすごく好きなんです。「天馬」は、都から追われた男の人と女の人の話でしょう。そういうところとか、あとイスマイルが都の快楽に体を毒されるじゃないですか。「俺のことかな?」って(笑)。僕ももっとチヤホヤして欲しいとか、雑誌に出たいとか(一同爆笑)。 草原の民だというのを彼自身忘れかけてる。「風と木の詩」も最後、街で話の決着がつくじゃないですか。セルジュの両親なんかも街を追われた人だし。 “街”と、“もう一人の自分”の話はすごく惹かれますね。もう一人の自分、半身の話を描く少女マンガ家は多いんですけど、都市を描く人がいないんですよね。都市論がなく、親兄弟や隣人などだけで語られる半身の物語って、やっぱり脆弱だと思うんですよ。だから、同時に都市論を描く先生のマンガは、必ずその時代をあぶり出してるように見えるんですね。そこが、その他の半身の物語と一線を画しているところだと思います。 竹宮:私にとっては、生活感がないものはつまらないというのが基礎的な部分なんです。人間も、まあ、ひとつの細胞だと思ってて、それが死というものを司っているのかって捉え方なので、“都市全体が身体なんだ”っていうのがないと世界が描けない気がする。住んでる街によって、近代的になっていく人もいるし、田舎臭くなっていく人もいるし、環境がすごく作用するもんだから、描かなきゃしょうがないんですけど、私にしてみれば。 幾原:あんまり「解釈しました」ふうに言いたくないんですけど、半身であるジルベールを失ったセルジュは大人になってしまい、自分の心に住む彼にもう一度出会うためにピアノを奏かざるをえなくなる。それって、作家の根拠である、永遠に満たされることのない飢えが設定されたって話ですよね。つまり、「風木」は“こういうふうにして竹宮恵子は都会の中で作家になり、現在に至りました”っていう話としてはよくわかるんです。 もちろん違うって言う人もいるだろうけど、僕は“竹宮さんの話”だなあっていう感じがしたんです。で、「地球へ…」なんかを見ると決着の付け方が、すごくシステムを燃やしたい気持ち、街を燃やしたい気持ちが当時の心境として良くわかるなあって気がするんですよ。 竹宮:最終的に“破壊=建設”みたいなのありますよね。破壊しないと建設できない、建設しないと破壊できないじゃないかみたいな(笑)。 幾原:やっぱり燃えちゃうんですか、街が。 竹宮:今の私には破壊するほど社会への愛はないなあ。 幾原:よく言われるじゃないですか、80年代的な僕たちの都市論っていうのが全部燃やしちゃうもので、90年代的な僕たちの都市論だと燃やすっていう決着の付け方はないだろうっていう。特にオウムなんかが出ちゃったあとで、そういうのはないだろうって。だから、そんな困難な時代に先生はどうやって決着をつけるんだろうなあって、そこがすごい気になったんですよ。 「ウテナ」も、学校燃やしちゃえば簡単だったんだろうけど、そりゃないだろうと思ったんで。 竹宮:結論としては、似てる……かもしれないっていう気がしますね。 幾原:僕、都市の快楽を享受しているっていう自覚がないんで、東京からのけ者にされてるような意識があってですね。だからいよいよとなったら燃やすしかないと思うかもしれない(笑)。 竹宮:壊さずに終わらせる方法を考えましょうよ(笑)。 幾原:都市の快楽に混ぜてくれないくらいだったら燃やしてやる、と言って、イスマイル(※「天馬の血族」の登場人物。チンギス・ハーン(オルス)の異母弟。兄にコンプレックスを抱いていて、そこにつけこんだ帝の妖力に操られるまま、帝とオルスの争いに利用されてしまう)がああいうふうになっていくじゃないですか。ダブりますよね、自分と(笑)。 なんか僕は自意識(過剰)の子ですから……。チンギス・ハーンって全然自意識がないですね。 竹宮:だから、私言われてますよ、自意識の子に「先生はそういう者の味方だったんじゃないですか」って「今のは違う、味方して描いてくれてない」って。 幾原:ああ、なるほどねえ。さっき破壊って言いましたけど、自意識があったりすると、本当の意味での破壊って難しいんじゃないかな。自己変革って意味での破壊は。 ハーンに自意識がないっていうのは・・もしかして、昔から先生にとってのいい男には自意識がなかったんですかね、「地球へ…」のジョミーとか。 竹宮:うーん、最初の、学校にいた頃のジョミーにはありますね。ミュウとして目覚めてからはないように見えますかねえ。 幾原:やっぱりチンギス・ハーンは先生にとっての理想の男性なんですか? 竹宮:実は私自身はオルスに同化しているんです。アルトジンではないんです。理想というより、自分の性質がこういう立場に立ったら、と思いながら描いてるオルスは自意識がないんではなくて、ああいう自意識なんです。 たぶん、ごく小さい頃にすっごく自意識のかたまりだった頃があって、それを捨てないと生きていけないほどだったので、全部を含む自分を設定した人なんです。私、自意識はツライので意識したくない。持っていられるほうがエライと思うぞ…違うかなあ。 幾原:男性は自意識があるとダメですよね。最近の男の子ってみんな自意識の塊みたいなもんだから。 竹宮:みんなイスマイルには同情的なんですよ、女の子たちは。自意識あるから「かわいいじゃないか」って思うみたい。 幾原:それはねえ、イスマイルを好きなんじゃなくて自分のことが好きなんですよ(笑)。まあ、僕も自分が好きだから、イスマイルが大好きなんだろうけど(笑)。 (二月十七日、新宿にて) |
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ビーパパスの自分がいちばん次男役 榎戸洋司インタビュー
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- 2008/05/11(Sun) -
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榎戸洋司(シリーズ構成) インタビュー
ソニー・マガジンズ 「薔薇の全貌」 袋とじインタビューより ――子供時代のことをお聞きします。ご自身はどんな子供だったと思われますか。 榎戸:普通の子供でしたね。辺境の学校に通いながら将来はジェダイの騎士になることを夢見ていました(笑)。 ――このアニメキャラにハマッたというのはありましたか? 榎戸:ないですね。もちろん好きなキャラクターとかはいましたけれど、いわゆる、ハマる、というのはどうやらそれとは違うということに最近になって気づきました。アイドルとかスポーツ選手も含めて、特定のキャラにハマったことはないようです。情緒的になにか欠落しているのだろうか(笑)。 ――では好きなキャラクターは?幾原さんは松本零士のキャラだとおっしゃっていますが。 榎戸:うそっぽいなあ。いや、松本零士さんのキャラは好きですが。ただ『ハーロック』とか、当時はまだその魅力の本質には気づいてなかったな。 宇宙海賊という生き様を表現するために、マゾーンとか地球のブタとか言ったものが何を指しているのかは深く考えなかった。 こういう仕事をするようになってから、そうしたキャラクターは何かの置き換え、いわゆる「見立て」だと気づきました。そういうのは作品設定をつくる上での参考になりました。当時は「アルカディア号がかっこいい」とか思って見てただけだった。いや、そういう見方の方が正しいのかもしれないけど。 ――感銘を受けたアニメ作品、シーンなどは? 榎戸:うーん、ディズニー映画の『不思議の国のアリス』とかかな。小学生のころ、何かの上映会で観たんです。たとえばその中で、アリスが道に迷って「私はどこへ行けばいいのかしら」ってチェシャ猫に問いかけるシーン。「それは君がどこへ行きたいかだね」。「特に行きたいところはないんです」。「だったら道に迷うことはないわけだ」みたいなやりとりをするんですけど、子供心になんて賢い猫なんだって思いましたね。 ――それにしてもずいぶん鮮明に覚えてますね。 榎戸:印象に残った場面ははっきり覚えちゃうんですよ。好きな映画なら全部セリフまで、暗唱出来た作品もあります。『不思議の国のアリス』に限って言えば、ルイス・キャロルの論理的な遊びには、今でも惹かれますね。 ――今の仕事に就かれた理由は? 榎戸:学生時代から創作活動のマネゴトみたいなことはやってましたね。高校生になってからかな。学生時代に映画を作ったりとか。学生のお遊び程度でしたけどね。 ――その学生時代というのは、幾原監督と一緒だったときですか? 榎戸:まぁ、そうなんだけど、当時そんなに幾原と一緒に行動していたわけじゃなかった。幾原は隣にいて同じ様な映画制作をやってて、お互いやってることをけなし合ってたという(笑)。まさか将来そいつと組んで仕事することになるとは。ま、仲は良かったですね。一緒に映画を観たり、作品の構想を話し合ったり。シナリオを一緒に作ったこともあるけど、結局は意見が別れて「やっぱりお前とはできない!」って何度も決別したり。あ、それじゃあ、今と変わんないか(笑)。 ――どんな映画作品を作ってたんですか? 榎戸:映画というよりは、映像作品ですね。まだ10分ぐらいの短編しか作れなかったですよ。当時はビデオが世間に出始めた頃で、僕は大きめのユーマチックという機材をを使っていました。周囲には映像を作りたがる者はいっぱいいましたね。ビデオコンテストなんかもあちこちで開かれてて、作品を応募したりしてました。そんな中で、僕も幾原もNHKのビデオコンテストとか、雑誌の主催してたアマチュア映画コンテストみたいなものでわりと賞とかとってました。すぐにそういうのには飽きちゃったんですけど。 今、思い返してみて幾原を偉いなぁと思うのは、僕はビデオ派だったけど幾原は当時から8ミリにこだわってた。「映画はフィルムでないとダメだ」みたいなイデオロギーを持っていて「ビデオで映画を作るのは楽すぎていかん。そんなのに慣れたら、ラクして仕事するのが身についてしまう」みたいなことを学生時代からずっと言ってたんですよ。そのこだわりは偉かったな。 ま、どっちかというと僕は文学青年を気取ってたけど。当時の作品をいま見ると辛い気分になるだろうな(笑)。いや、作品そのものより、その程度の作品で満足していた当時の自分の未熟さが、もう、カンベンしてくれって感じで(笑)。 どうして僕は生まれついての天才じゃなかったんだろうとつくづく思います。ま、ハタチで詩人になれなかったから、あとは100まで生きて小説書くしかないですね(笑)。 ――脚本のお仕事をされて、もう何年ぐらいになるのですか? 榎戸:テレビの仕事を初めてからは6年ぐらいです。 ――初めての脚本作品は何だったんですか? 榎戸:『セーラームーン』3作目のS(スーパー)です。上京してきて初めての仕事です。 ――なんでも幾原さんの誘いで始められたと聞きましたが。 榎戸:そうです。 ――と、いうことは、それまでどこかで執筆活動をされていたんですか? 榎戸:某出版社から小説を1冊だけ上梓してました。この秋から某誌で久しぶりに連載小説を始める予定です。 ――『セーラームーン』以降の作品は?またどこか所属はされたんですか? 榎戸:ずっとフリーです。『セーラームーン』以外は『エヴァンゲリオン』を4話ほど書きました。このふたつは同時進行だったんで、時期がいつだとかは把握してないんですけど。『エヴァゲリオン』なんかは脚本を書いてから2年後ぐらいに完成したので、放映されたときには「懐かしい〜」って感じでした(笑)。 ――アニメシナリオはどのように作業が進められるのですか? 榎戸:ケースバイケースですね。脚本の仕事はこうだというフォーマットは全然ないですね。らとえば東映とガイナックスではまったく違う。同じ脚本の仕事とは思えないくらいに(笑)。 ま、その場にいるメンバーで仕事のやり方が決まってしまうのが、この仕事の面白いところでもあると思います。けっこう共同作業って好きなんですよね。ふだん一人きりで仕事してるので、いろいろ刺激になります。 ――先程の話になりますが『ウテナ』の脚本も同時進行だったのでは? 榎戸:いや、それはないです、と表向きはそう言っておかないと・・・いろいろ差し障りが(苦笑)。 ――『ウテナ』の企画はいつ頃からあったんですか。 榎戸:うーん、それこそずーっと昔から幾原とは『ウテナ』の話をしてたから、明確にはいつ頃かっていうのは、はっきり覚えてないんですよ。 ――もうその時から“ウテナ”の名前はあったと聞きましたが? 榎戸:えーっと、物語も世界観も全然違う別の企画だったんだけど、主人公に近いポジションにいるヒロインがウテナという名前の企画があった。由来は花を守ってる萼(がく)の部分の名前なんです。単に使いたい名前のひとつだったんだけど、幾原がえらく気に入って。「次の作品の主役はその名前でいこう」と決まったんです。先に“少女革命”という言葉を幾原が用意していたと記憶してます。 ――さいとうちほ先生に企画の話をお持ちになる95年4月には『ウテナ』の前身になる大まかなストーリーがあったんですか? 榎戸:いや、さいとう先生に声をかけた時はまだ全然物語らしいものはできてなかったはず。 ――『エレガンサー』というタイトルで、キャラが描きおこされていったと聞きましたが。 榎戸:うーん、その“エレガンサー”っていうのは・・・難しいな、どう言えばいいんだろ。強いて言えば、デュエリストというコンセプトのひな型ですね。 ――メンバーが揃って、実作業に入ったのはいつ頃になるのですか? 榎戸:実質の執筆作業は95年ごろになるのかなあ。ともかく『ウテナ』プロジェクトが本格化したのは、ビーパパスの名称が決まった頃と言えるかもしれませんね。 ――では、『ウテナ』の設定、ストーリーなどが今の形に決まったのは? 榎戸:ずいぶん最初のものからいじってきたから、どの辺りからこうなったのかを、特定するのは難しいな。現在発表された物語に決まったのは、かなりギリギリだったような気がする。 ――『少女革命ウテナ』としてのキャラクターは決まっていたんですか? 榎戸:何人かはデザインは決定していましたね。もうウテナもアンシーもいたかな。 ――では、まず決定したエピソードまたは設定などはありますか? 榎戸:そうですね。僕の中で、これこそが『ウテナ』だと自覚できた原型のアイデアは「互いの胸につけた薔薇の花びらを散らせば勝利する」という決闘のルールを思いついたときだと思います。そのとき「これはいけるな」と思ったんです。テレビシリーズとしてストーリー展開できると。 物語を作っている頃に「戦闘シーン」があるべきか、という出口のない議論を延々やってたんですね。外の方から「やっぱり何かと戦わないと困るよ」って要求がきても「別に怪獣とかが出るわけでもないのに、何と戦えばいいの」とか。かといって怪獣が出てきたら『〜セーラームーン』との区別化ができないし、人を殺すわけにもいかない。自分の中ですごい葛藤があった結果、薔薇の散る演出を思いついた。その時、目の前がパァっと開けた。神の声が聞こえたんです(笑)。 それはテーマというより脚本家としてのテクニカルな部分なんだけど、見せ物としての決着がついたんです。 ――それは『ウテナ』の制約すべてを、クリアに出来るアイデアだったと言えますね。 榎戸:その決闘シーンが決まった時点で“エレガンサー”から“デュエリスト”になった瞬間と言えるでしょうね(笑)。とにかく、その決闘シーンは「必然」だったと思いますね。本当にその作品にとってのベストのアイデアが出た時は、反対意見は出ないんですね。その瞬間には本来あるべき作品の形を引きずり出した快感がある。 ――2年間の制作作業の中で、崖っぷちに追い込まれたことは? 榎戸:もう危機また危機の毎日でした(笑)。でも、思想面で追い込まれたことはなかったですね。幾原と僕との共通言語がちゃんとあったし、あいつとは思想的に似てるから。さらにさいとう先生も似た思想だったので(笑)、ある種の共犯関係が生まれた。 ――ではどのあたりが崖っぷちだったんですか? 榎戸:それはもう表現手段で。思いついた話をどう表現するか、見せ物としてどう面白くするか、という議論の連続でした。そんなアニメがあるか、それをテレビでやっていいのか、みたいな(笑)。 ――なにか具体的な例としては? 榎戸:たとえば女の子2人を出すと決めた時、その設定が花嫁とデュエリストと決まっても、舞台を男子校か女子校か共学にすべきかで毎日悩んでました。この夏の劇場版で、ウテナが男の子として転校してくる設定があるんですけど、それは最初テレビシリーズでも出ていた案なんですね。ウテナは男の子として男子校にやってくるべきじゃないかとね。結果的にはテレビリーズの設定になったわけですが、それが正解だったかどうか・・・ただ女の子の自立というテーマを見据えたとき、男子だけとか女子だけの舞台だと、環境自体が特殊になるじゃないですか。それだと本質的なテーマから目が逸れちゃうんじゃないか、という危険を予感した。 ‘特殊な空間のみで成立する特殊なテーマ’だと捉えられるのは本意じゃない。そういう意味では変わったキャラクターがいたとしても、男女共学の舞台に落ち着かせました。でないと、我々が、本当に言いたいテーマが‘普遍的なもの’であるということを、表現できないと思ったんですね。 ――放映が始まった時点では何クールの放映か決まっていなかったと聞きましたが。 榎戸:そう、まだ2クールになるか3クールになるか、まだ決まっていなかった。実は<黒薔薇編>を書いてるときにも決まっていなかった。シリーズ構成泣かせな番組でした。 ――シリーズ構成という役割は、具体的にはどのように立ち回るのですか? 榎戸:『ウテナ』の場合だと、監督と打ち合わせてから各話のエピソードを僕が他の脚本家さんに発注。ギャグの話だと、もうギャグでいこうとだけ決めて比賀昇さんに頼んだりとか。 ――画面を通して自分の脚本の放映をご覧になって、率直な感想はどうでしたか? 榎戸:毎週楽しみに観ていました(笑)。 ――脚本を書くとき、そのシーンというのは浮かんでいるものなんですか? 榎戸:一応、自分なりにイメージしながら書いてはいます。脚本の場合は『ウテナ』はおもしろくてね。出来たフィルムを見ると、脚本が目指していた方向をちゃんと把握しながら、それを上回る表現をよく見せてもらってた。ホント、勉強になりましたね。実践に勝る修行なし(笑)。 例えば<黒薔薇編>でエレベーターが降りていくシーンとか。「これが見たかったんだ、何て言ったらいいのかわからなかったんだよ」って。スタッフのみんなと心が通じ合う瞬間ですね(笑)。この仕事も捨てたもんじゃないと(笑)。 ――脚本という役割をどう捉えていますか? 榎戸:脚本は分業作業のひとつであって、フィルムは監督とか演出のものだと思う。監督をいかにサポート出来るかが脚本家の仕事だと思います。脚本家があまり主導権を持つと、本来持っているフィルムの生々しさが損なわれることが往々にしてあるから。ストーリーを説明するだけのフィルムは僕らの仕事ではないと思っています。 ――特に気に入ってる具体的な部分、またはセリフなんかはありますか? 榎戸:そうですね・・・7話のラストの樹璃のセリフなんかうまく決めてくれたなぁと思いますね。(※「そう、憎んでいるさ。私の想いに君は気づきもしなかったんだから」) ただね、セリフというのはドラマとキャラクターの関係性の中で初めて意味の出てくるもので、セリフだけ抜き出して名セリフ集みたいなものにしても、何でこれが名セリフなのかよくわからないってことがよくあるんですよ。あくまでもそのフィルムの中で、そこで起こっている状況の中でキャラクターが言うからセリフは意味がある。脚本は詩とは違いますからね。 ――では逆にここは失敗したな、とか思う箇所はあります? 榎戸:それは秘密です。 ――「<黒薔薇編>が解りやす過ぎた」と監督は何度か発言されていますが、その辺りは榎戸さんはどうなんですか? 榎戸:やってる当時から言ってましたね。ただ、シリーズのまんなかに<黒薔薇編>があったから、ファンの方も理解しながらついてきてもらえたんじゃないかと思うんですけどね。あれ以上ワケのわかんないことやったら、誰もついて来ないのでは、心配はないのか、幾原よ(笑)。 まぁ、監督としてはどこかで見たような話にしたくなかったんだと思います。幾原は基本フォーマットのことを指摘したんだと思うんですけどね。誰かを誘惑して、ちょっとホラータッチなムードでデュエリストに仕上げて、それをやっつける話が続くじゃないですか。それが『ウテナ』にとってどうかという疑問はあっただろうと思う。 ただあの時点で俺にはあれ以外の展開は思いつかなかったし、今でもほかの選択肢は思い当たらない。 ――『ウテナ』シリーズを終えて、何かこみあげてきたものはありますか。 榎戸:情熱かな(笑)。やれて良かったという思いは確実にあります。 もう、ああいう作品はテレビでは出来ないんじゃないかな、というのも、最終回の辺りでポケモン事件があったじゃないですか。あれはいろんな意味で象徴的な事件に思えました。『ウテナ』は放映タイミングがギリギリの作品だったんでしょうね。それに駆け込んだ形でいろいろやれて良かったと思います。 ――今現在のアニメに対して思うことはありますか? 榎戸:みんなで『もののけ姫』を超える作品を作ろう(笑)。 ――脚本を書く上で目指していた人はいますか? 榎戸:シェイクスピア(笑)。 ――では、アニメの脚本家になるために、何をすればいいのでしょうか? 榎戸:学生時代にアニメの監督になりそうなヤツと友だちになっておく(笑)。いや、ぜんぜんわかんない。アニメの脚本家という職業があるのかどうかも疑問だ。 少しだけ偉そうなことを言ってもいいなら、才能を認めてもらいたいだけでクリエイターを目指す人はきっと潰れると思う。 才能なんてないけど「それでもこれをやりたい」というものを持っている人は、たぶんなにかになれると思う。それだけの差じゃないかな。あと、より具体的なヴィジョンを持っているとやっぱり強いと思います。やりたいものが具体的であれば、次にやるべきことが見えてくるから。 (1999年5月11日 三鷹にて) |