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「青春的な価値観」 榎戸洋司インタビュー
- 2008/09/08(Mon) -
徳間書店「アニメージュ」 99年05月号より
榎戸:今回の劇場版『少女革命ウテナ』を作る上で根拠になったのは、テーマとかそういうものよりも、幾原邦彦の「映画」に対する考え方だったと思うんだ。

――どういう事ですか。

榎戸:幾原は、どんな映画を作るかという事よりも、「映画」とはどういうものか、という事をかなり考えていたんだなあ、という事で感心した。

――ん、難しいですね。

榎戸:例えば、音楽に関しては僕は門外漢だけど、フルオーケストラのために一曲の音楽を書くためには、それなりのフォーマットがあると思うんだ。それと同じようにきっと映画でも似たようなフォーマットがあって、幾原はそのフォーマットの事を常に意識していたという事。

――具体的に「なるほど」と感心した事があったんですか?

榎戸:それを言ってしまうと、ネタバレになってしまうので。「劇場に観に来てください」という感じなんだけど。

――劇場版のキャラクターについて教えてください。

榎戸:限られた映画の時間の中で語れる事とか、完結させられるキャラクターは限られてるから、当然、主役のウテナ、アンシーにスポットを当てるわけだけど、TVに登場したキャラクターはそれなりに大事にしたいと思った。

――冬芽の描かれ方が、かなり違うようですね。

榎戸:うん。冬芽はTVシリーズでは描ききれなかった部分があったかもしれない、それが劇場版でようやく描けたかな。

――冬芽の裏設定みたいなものが登場する?

榎戸:冬芽が昔は西園寺と友達同士だったのに、急に冷たくなったり、妹の七実を道具として扱ったりしていたよね。それについて「なるほど、こんな想いをしていたのなら、しかたないなあ」と納得できるようになっていると思う。
冬芽に関しては、劇場版でこんな解釈をしたというよりも、企画時に冬芽で本来やろうとした事に戻ったという気がするんだよね。もしかしたらTVシリーズ初期の冬芽や、さいとう先生の漫画に出てくる冬芽に近いかもしれない。

――今回、枝織が活躍する事になったのは?

榎戸:これはもう、監督。幾原が力を入れたのは枝織だね。ある意味では、今回の映画の主役の一人になってしまった。

――「ブレイク」したってわけですね。

榎戸:僕は、梢を推してたんだけど(笑)。「ま、劇場くらいは監督の好きなようにさせてあげようか」という事で、枝織大活躍になってしまいました。

――枝織はどういう風に活躍するんですか。

榎戸:枝織はあまり舞台の中では動かないキャラクターだから、一般的な意味での活躍ではないかもしれないね。でも、登場場面の多さとインパクトは1、2を争うんじゃないかな。

――なるほど。

榎戸:TVシリーズではウテナの最大の敵でありアンチテーゼというのは暁生だったわけだけど、今回の劇場版では、よくよく見てみるとウテナに対する最大の敵というか、アンチテーゼは枝織になっているのかもしれない。

――ウテナが今回、生い立ちが違うらしいじゃないですか。劇場版では、かつての薔薇の王子様と出逢ったウテナじゃないんですね。

榎戸:あれはTVシリーズで数を重ねていって、ようやく効果が出てくる設定だから。劇場版だったら実在の人物として好きな男性がいて、それを追うという形にした方が分かりやすいだろうな、という配慮からですね。

――アンシーについては、どうなんですか?

榎戸:アンシーが一番TVシリーズと性格付けというか、見た目の表現が変わってるんじゃないかな。TVシリーズでは、僕らが予想していた以上に「アヤシサ爆発」のキャラクターになってしまった。劇場版では、多分、分かりやすいキャラクターになっているのではないかと思う。

――彼女ならではの活躍も。

榎戸:もう、行くところまで行っちゃいますって感じかな。それはもう、「是非観て下さい」という事で。

――「ここだ!」という見所を教えて下さいよ。

榎戸:見所は全編ですから。

――そんな事を言わずに。

榎戸:マジで。もうオープニングから、エンディングのタイトルまで。ファンの皆様は覚悟してください、という感じです。

――榎戸さんは『少女革命ウテナ』に関わって5年ぐらいだと思うんですが、どうですか、その歳月を振り返って。

榎戸:我が生涯に悔いなし。

――具体的には?

榎戸:この作品に人生の重要な日々を費やしたけれど損はなかったな、という手応えはありますね。

――充実していたんですね。

榎戸:うん。『ウテナ』の事ばかり考えてたからね。

――脚本の作業を終えて、榎戸さんは何をしているんですか?

榎戸:いや、未だに『少女革命ウテナ』の事ばかり考えてます(笑)。

――いったい何を。

榎戸:TVシリーズはTVシリーズで完結しているし、今回の劇場版も1本で完結するんだけど、また『ウテナ』を作る事は出来るかもしれないな。

――というと?

榎戸:何か新しい問題意識にぶつかった時に、それを『少女革命ウテナ』で描くという事を、将来的にはしてもいいかな、と僕は思ってるんだけど。

――新たな問題意識を持った時に、それをぶつけてもいいぐらいの器になったという事ですね。

榎戸:そうだね。

――ところで今回のタイトルは『アドゥレセンス黙示録』ですが、榎戸さんにとっての青春とは?

榎戸:僕にとっては、今が青春かもしれないなあ。

――そうなんですか。

榎戸:青春というのが生やさしいものじゃないという事がわかっていれば、割とみんな、何とか青春と付き合っていけるんじゃないでしょうか。

――それが榎戸さんの青春観?

榎戸:そう。

――青春というのは必ず失われるものなの?大人になっても持っていられるものなの?

榎戸:いや、持っていたら、もう青春じゃないでしょうね。

――なるほど。青春というのは、状態なんですね。

榎戸:より潔い人は、より良い青春を送る事ができると思うね。

――具体的には?

榎戸:付き合い方がマニュアル化しちゃったら、もう青春じゃないだろうな、と思う。

――他人の付き合い方と、世の中との接し方ですね。

榎戸:うん。

――劇場版『少女革命ウテナ』は青春のお話なんですか?

榎戸:青春のお話です。

――青春とは何かを考えている映画なんですか?

榎戸:むしろ「青春的な価値観」を持って観ないと、何の価値もなくなっちゃう映画かもしれない。

――はあはあ。

榎戸:「青春的な価値観」というのはあるよね、やっぱり。青春映画というのは「青春的な価値観」で作られるんだろうなと思う。今回の劇場版『少女革命ウテナ』で語ってる「価値」みたいな事も、「そんな事は青臭いよ」と言ってしまえるものだから。

――なるほど。

榎戸:しかも、それを青臭いという考え方自体も間違いじゃないと思うしね。

――TVシリーズの『ウテナ』だって青臭いと言われれば、そうだったかもしれない。

榎戸:きっと作ってる我々も青臭いんだろうな、とかって思うよ。この歳まで青臭いと、ちょっと「ざまあみやがれ!」という気もするね。

――世間の青臭くない人達に対して「ざまあみやがれ!」なんですね。

榎戸:そうそう。そんなに青臭くて「どこが、ビーパパスだ」って感じだけど(笑)。

――ビーパパスって「大人になろう」って意味ですものね。

榎戸:僕らは、あと10年はこのまま青臭いままいけそうだと思う。

――わざわざビーパパスって名乗っているのは実は逆説で、自分達の若さを自覚してるって事なんですね。

榎戸:そうだね。
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