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「アドゥレセンスの向こう側」 川上とも子×幾原邦彦 対談
- 2009/02/19(Thu) -
川上とも子(天上ウテナ役) VS 幾原邦彦(監督)
徳間書店「Voice ANIMAGE」 vol.27より
 
秀麗で魅力的なキャラクター、決闘シーンで効果的に流れる決闘曲…。今までのアニメーションにない奇抜な演出とストーリーでファンを惹きつけた『少女革命ウテナ』が劇場版映画となってこの夏帰ってくる。キャラクターをリニューアルし、TV版をさらにパワーアップさせての映画化ということでみんなの劇場版『ウテナ』に対する期待はかなり大きいはず。
TVシリーズ終了後も川上さんのアルバム制作を通して何かと交流があった幾原邦彦監督と主役の天上ウテナを演じた川上とも子さん。


――川上さんは『ウテナ』という作品を越えて、1stアルバムのスーパーバイザー役を幾原監督にお願いしたわけですが、その理由は?

川上:そうですね、監督がオーディションでウテナ役に私を選んでくれたっていう信頼感があったからじゃないでしょうか。私は主役を演じるのは『ウテナ』が初めてなんですよ。
それまでは主人公のそばにいて支えるサブキャラが多かったんですけど、初めて私を話の芯になる役柄を持ってきてくれたのは監督だったから…。

――川上さんを主人公のウテナ役に抜擢したのは、キャラクターと似ていた所があったからですか?

幾原:ウテナとは似てないですねぇ。

川上:殆ど似てないんだけど、似てるところが1ヶ所だけあって…バカ正直な所がメチャメチャ似てるんですよ。その他の部分は、自分以上に良く見せようとか考えないでウテナのキャラクターを一緒に演じて作っていきました。

――幾原監督が感じる声優としての川上さんの魅力はなんですか?

幾原:さっき、バカ正直な所がウテナと似てるって言っていたけど、一寸だけ訂正するとバカ正直というよりはバカな所が魅力かな(笑)。

川上:ちょっと待ってくださいよー。「魅力は?」って聞かれたんですから誉めないと。

幾原:魅力…、やっぱりバカな所かな(笑)。仕事に対して無心な所がいいですよね。あんまりいやらしい部分が無いからね。

川上:もっとさー、声がいいとかさ。

幾原:あっ、声がいいよね(笑)。

川上:あ゛ーっ。わざとらしい!

――役を演じるにあたって幾原監督の方から演技指導はありましたか?

川上:先ずは「自分でやりたいようにやって」って言われるので、演技指導は後からでした。

幾原:TVとかは長丁場な仕事なんで、主役の場合は極力本人のパーソナリティがにじんでた方がいい。どんな作品でもパーソナリティが上手く出ている方がいいと思うから、先ずは本人のパーソナリティを確認する意味でも地の部分を聞いてみる。あとは微妙なニュアンスとかを注文して自分の趣味に合わしてく。

――幾原監督の声優の趣味とは?

幾原:大したことじゃないんだけど、自分が普段しゃべっている様にしゃべらすとか…。個々のキャラクターには、どこかしら自分(幾原監督自身)のパーソナリティも入ってるんで、「僕ならこういう場面では、こう言う」という風な要求はしますね。でも、完全に僕が言う通りに演技されてもしょうがないんで…。
つまり、せっかく自分以外の他人が演じているんだから、その役者のパーソナリティもキャラクターに反映された方が面白いと思うんだよね。だから例えば、川上とも子本人のパーソナリティと僕の注文が合わさることによって、オリジナリティが出れば一番いい。

――監督がクリエイターとして作品を作る中での役割で、声優が占めるパーセンテージはどれくらいですか?

幾原:何パーセントとかは具体的に言えないけど(笑)、重要だよ。まあ昔は俺も神経質だった所があって、(声優の演技の)一挙手一投足が気になるというか、全てにおいて自分のビジョン通りにいかないと腹が立つっていうことがあったんだけど、最近はかなりさっぱりしている(笑)。
俺自身に(声優の)個々のパーソナリティにまかせる余裕が自分の中で出来たからかな。うん、以前はかなりこだわってたよね。ただ、今にして思うと…完全に作りこませた演技なんかは温かみがなくなってくるからホッとしない。そういう意味では適度にその声優個人のパーソナリティが作品に出ていることによって、作り込み過ぎちゃっている部分をポピュラーに引き戻せるんじゃないかな。昔はアドリブが大嫌いだったのに(笑)。

――声優のクリエイティビティは、どこに一番表現されると思いますか?

幾原:やっぱり、パーソナリティじゃないかな。実は「いわゆる可愛い声」ってのは存在しない筈なんだけどね。にも関わらず、最近の若い子は「いわゆる可愛い声」っていうのが上手いんだよね。まるで「可愛い声の定番」というのがあって、それを演じてます…と言わんばかりに上手いんだよ。そういう子達って、みんな歳が近いから声のキーも近い。だから、そこで横並びにした時に個性が見え辛いというか…そういう意味ではやっぱり本人のパーソナリティっていうのをいかに声として表現化させていくかっていうところが勝負になる。
パーソナリティを上手く声に表現するのは難しいけど、やっぱりキャリアを積んで残ってる人っていうのは自分のパーソナリティを抽出して画面にのせるっていうのが上手いよね。

――ということは、オーディションで見る部分はやはりパーソナリティ?

幾原:一度きりのオーディションでそこまではなかなか拾えないんだけど、チャンスは誰にでもあったりするんだよ。残っている人と消えちゃう人の差はそれを知ってるかどうか。誰にでも長くやってると1回や2回は絶対チャンスは有るんだよ。

――川上さんはそのチャンスを生かして一線で活躍しているわけですが、子供の頃、声優に憧れたことはありましたか?

川上:私は人を助ける仕事をしたいなって子供の時に思って・・・医者になりたかったんですよ。勉強って覚えればいいとか、やればいいだけの話なので、頭がいいのと関係がないじゃないですか。だから、医者は努力さえすれば誰でもなれると思うんですよ。

幾原:そう?凄いことを言う(笑)。

川上:勉強するのが嫌いな人はしょうがないけれど、私は勉強が嫌いじゃなかったから努力すれば(医者に)なれると思うじゃないですか。

幾原:俺は逆なんだよ。俺はやりたくないことは出来ない奴だったから、どんどんどんどん自分のやれることが少なくなるのね。どういうことかって言うと、やれることっていうのはモチベーションが自分の中で湧くから、トライしてみようかって頑張る。でも、歳を取れば取るほど、そのモチベーションの湧くものが限定されてくるんだよね。
子供の頃は無知だから八方色んなことをやるんだけど、1つ1つ歳を取っていく毎にいくら何でもこの方向性では将来自分の得にならないだろうっていうのが色んな情報で分かって来るんだよね。
小学校の高学年くらいになると「俺の将来にプロ野球選手っていうのは無いだろう」っていうことは分かっちゃうわけ。川上とは逆に「俺に医者っていうのは無いだろう」とかっていうのは、かなり早い時期に分かっていた。だから歳を取れば取るほど、どんどん将来やれると思えることの間口が狭くなってくる。
極端に言うと、普通の人はたぶん「自分の将来はプロ野球選手じゃないだろう」って分かっていても、草野球したりするでしょう。しかも、それをしながら他の勉強もしてたりする。「英語は関係無いだろう、俺の人生には・・・」って思っていてもちょっと勉強したりするでしょう。俺そういうのが全然出来なかった(笑)。

――1か0かみたいな。

幾原:そう。「有るか無い」かしかないみたいな感じで・・・。それが歳を取るごとに極端になってきて、高校くらいのころには毎日死のうかと思って(笑)。もう駄目だ、俺は社会人になれないと思ってたからね。

――本当に極端ですね(笑)。

幾原:ただ、可能性があることだけはやった。カメラマンのアシスタントとかは好きだから学生の頃やったんだけど・・・自分の可能性として「こういう将来はありえる」と思えたことはのめり込んだ。

川上:私は「医者になるのは駄目じゃん」ってあきらめた時に、他に何で人を助けられるかなって思ったら、気持ちを助ければ命を助けることにつながるんじゃないかと思ったんです。それで、何かないかなと考えた時に、ふと自分の父親が死んで子供ながらに「人生終わりだ」と思って落ち込んだことを思い出したんですよ。その時にTVがついててやっていたアニメを見て救われて・・・。そのアニメの主人公はもっと大変そうだったから(笑)。

――作品は何だったんですか?

川上:『六神合体ゴッドマーズ』っていうのがあって・・・私は兄弟と戦うこともないし両親は本当の両親だったしとか・・・何か救われる気持ちがあったんですよ。だから、医者以外で命を救うような仕事って声優しか思い浮かばなかったんですよ。

幾原:偉いなあ。

川上:それで「あの職業は声優だった。あれをやりたい!」って思ってバオバブの養成所に入ったんです。やっているうちに、お芝居とかはやはり心を救うものだと思って舞台をずっとやって・・・。

――医者ではなかったけど気持ちを救える仕事につけたという感じですか?

川上:そうですね、今では自分の職業に自信が持ててきました。


――今回の映画タイトルに「アドゥレセンス黙示録」というのが掲げられていますが、幾原監督は思春期の頃、どんな子供だったんですか?

幾原:暗かったですよ(笑)。

――どんなことをしていたんですか?

幾原:何もしてなかったですよ。

――学生時代クラブとかは?

幾原:多少、剣道やってました。でもやっぱり自分の将来に剣道はない・・・と(笑)。だからじゃないけど、ともかく暗かったです(笑)。

――アニメーションに興味はあったんですか?

幾原:好きでしたよ。でも、仕事にしようとは思わなかった。

――それがどうして、この世界に?

幾原:知らなかったからじゃないですか。知ってたらやらなかった。

川上:でも、それがどうして?

幾原:クリエイティブな仕事をしたかったのは間違いなくて・・・実写でも良いんだけど、実際、実写もやろうと思った時期があったんだけど怖かったんだよねやっぱり。実写って噂だけで怖いじゃない。すごい徒弟制みたいなのがあって、サード(第3助監督)から始まってファースト(第1助監督)になれるまで20年かかるなんて恐ろしい話を聞いたりするから(笑)。とてもじゃないけどやれそうにないって思った。
当時はグラフィックデザイナーになろうと思っていて。僕が十代だった'80年代前半っていうのは空前の広告ブームだったんだよね。糸井重里さんから始まって日比野克彦さんとかが大ブームの頃で、「これからはマスメディアだ!」っていうんで僕もグラフィックをやりたくて・・・。で、広告代理店のアルバイトをちょっとやったんだけど、やっぱり怖かったんだよ、広告デザイナーの世界も(笑)。すっかりビビっちゃって(笑)。

――それと比べてアニメーションの世界はどうでしたか?

幾原:知らなかったから、楽そうだなって思った。広告でバイトをしている時、何にビビったかって言うと、個性のぶつかり合い。仕事なんて待ってたら全然良いのが取れないし、各人のパーソナリティのせめぎ合いに眩暈がしたというか・・・。

――実際、アニメーションの仕事をやってみて広告の仕事よりはやりやすかったですか?

幾原:いやぁ、やったらしんどかったです。しんどかったけど、それでもどこか楽だと思えた。当初、アニメーションの業界はみんなおとなしくて、パーソナリティのぶつかり合いっていうのが無いなと思った。
現場は苛酷なんだけど苛酷な現場の中で割と自己主張しない人が多いというか・・・。ここなら自分のパーソナリティを出すの簡単だと思えた。チャンス!と(笑)。もっとも実際は大変だったんだけど(笑)。
アニメーションの現場って自己主張が強いとバッシングを受けるんですよ。それは俺にとってはショックだったね。それまで意識していた広告の世界は自己主張がない奴は徹底的に蹴落とされるというか、足の引っ張り合いは日常茶飯事という世界だったから。
アニメーションの場合は因習っぽい世界というか、徒弟制が強い世界というか、目上・先輩をたてる世界だからそこら辺で「あれっ」っていうのはあったね。よく考えたらアニメーションだって映画システムの中で作ってるんだから当たり前だったんだけどね。でも、その自己主張のなさのギャップには驚いた。
辛いと言えばどちらも辛かったけど、肉体的に辛かったと言えばアニメーションの方が辛かったね。ただ、肉体的な辛さっていうのは耐えられるからあまり辛いに入らない。それに比べると、メンタルな部分の方がくるね、その報われなさ加減というか(笑)。毎日寝なかったとかっていう苦痛は若けりゃ全然平気じゃない?

川上:本当に監督がおっしゃる通りで、肉体的な辛さは全然辛くないんですよ。ただメンタルな部分はやっぱり我慢し切れないところがありますね。
メンタルの方は我慢すれば良いんだと思っていたんだけど、それだと結局体は壊れるし・・・。私達って肉体を使っている仕事だから、声が変わると仕事が出来ないんですよ。
だからメンタルな部分もクリアにしていかないと仕事にならないと思ったので、はまったものを外して解決する方法を見付けるようになりました。

――考え方を変えて…。

川上:私は今現在そういう思春期が続いてる状態なんで・・・。思春期の中を進み続けつつも、先が見えてきたかなって思います。暗中模索の中の思春期を突き進むんじゃなくて、やっとちょっと光が見えて来たかもという所に来たかなと、ここ2・3週間で(笑)。
だから未だに思春期やってます。情けないけど・・・いいじゃん、子供時代が長くたってさぁ。分かってない大人も沢山いるじゃないですか。でも、それを分からないままウヤムヤに大人になってしまって・・・年とかじゃないと思うんですよ。中身の問題だからとことん突き詰めて大人になるまで子供でいろよって、嘘ついて大人になるなよって思いますね。自分は大人だっていうのを演じて装ってカバーするけど、それは結局自分が子供だって言うことを隠しているだけだから、だったら自分が子供だっていうことを出せる人の方がよっぽど私は大人だって思います。
それを分かる人だけが大人になるまで子供のままで苦しみ続ければ良いと思う。子供って苦しいんですよ。嘘をついて大人になっちゃって、自分は実は子供なんだけど大人のフリしている方がずっと楽ですもん。
だから私は「アドゥレセンス(思春期)」という言葉がすごく気に入ってます。最近よく考えるのはそういうことです。


――『ウテナ』は今までのアニメ史上例を見ない個性的な作品ですがTV版・劇場版を通して『少女革命ウテナ』を作った感想は?

幾原:今回の仕事は今までと違って足場のない仕事だったので責任感というのはかなりありましたね。とにかくリスクがかなりあったんですけどね。作品を世に送り出すこと自体がすごいリスクだったので・・・。どうせリスクがあるんだったら好きなことをやった方がいいやって、遊び切った方がいいやって思いました。
まあ、そう思った言葉の裏腹にものすごく大多数の人に僕と同じだけのリスクを負わせてるわけです。だから、完全に遊び切るっていうのが難しいのと、そこでのせめぎ合いでいかに自分に正直であるかっていうしんどさもあった。正直に生きたいのは山々だけど、自分だけじゃなく大多数の人にリスクを負わせてるわけだから、せめて常識的な仕事をしなきゃいけない。そこらへんの兼ね合いがしんどかった。
本当のことを言うとアニメーションはどうでもいいんだよね、俺は。実は作品もどうでも良くって、一番大事なのは自分なんだよね。要は大人の仕事をしたいんですよ。「させられているんではなくて、してるんだ」って思えるような事ってあまりないでしょ。
正直言って、今もって「そうせざるを得ない」なんて部分を引きずりながら仕事をしてる。だから全てにおいて「俺は、やりたいからやっている」って言えるような仕事ができるようになったとき、多分自分は大人になれるんだろうな・・・と思っている。そういう状況を目指しているだけ。
そういう意味で言っちゃうとアニメーションっていうのは道具なんだよね。自分がそうなるための・・・。


自分であるためにアニメーションの仕事をしている幾原監督と、人の気持ちを救うために声優という仕事を選んだ川上さん。2人が大人になるための“アドゥレセンス”は今も続いているのかもしれない・・・。
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