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「デュエリストは踊る。」 錦織博×橋本カツヨ×風山十五 座談会
- 2007/05/24(Thu) -
錦織博   第5、11、16、27、31、36話 絵コンテ担当
橋本カツヨ 第7、14、20、23、29、33、39話 絵コンテ担当
風山十五  第19話 脚本  第9話 演出  第9、19、25、30、37話 絵コンテ担当

上記3名による座談会
LD「少女革命ウテナ L'Apocalypse 7」封入特典・解説書より


――さて、今回は『ウテナ』に参加した、個性派絵コンテマン3人に集まっていただきました。やはり、お互いに対するライバル意識みたいなものは、かなりあったんでしょうか。

風山:僕はね、かなりビビりました。『ウテナ』に参加することになった時には「俺にやらせろ!!」って気持ちだったんです。
でも、スタジオに行って、できていた5話や7話の絵コンテをパラパラとめくったら、調子に乗っていた自分に気づいて、これは僕の出る幕じゃないかもって……(笑)。ええ、もう真面目な話。

橋本:僕も5話と6話のコンテ見て、ビビりましたね。ここまでやんなきゃいかんのかと。

錦織:『ウテナ』は疑心暗鬼の連続でした。
「みんなグルで、オレのことを笑ってやろうと企んでいるんじゃないか」と思ったくらいで。

一同:(笑)。

錦織:他の人のコンテが上がりはじめた頃に、それを見たら、このままだと自分は降ろされてしまうのではないかと思ったんですよ。降ろされる前に、作品に自分が参加していた痕跡を残してやろうと、真面目に思ったんです。

――その思いが5話の仕事につながったんですか?

錦織:いえ、5話は「幾原さんなら、たぶん、こうするだろう」と考えながらやったんですよ。そういう意味では純粋にやっていたのかも知れないですね。5話以降は、自惚れないでいようということだけを考えていました。

橋本:5話以前には、5話的なムードの話ってないわけじゃないですか。

風山:そうですね。5話っていうのはポイントだと思いますね。3話までは意図的に分かりやすい形に作られていて、4話はギャグ的な要素が多かった。ああいったテイストのシリアス路線を打ち出したのは5話だと思うんですよ。
僕は絵コンテを描く時に、5話のコンテをかなり参考にさせていただきました。しかも、5話の絵コンテは監督の直しがほとんどない! と、いうところが錦織さんの凄い所で。

橋本:そうそう。

風山:5話の絵コンテが上がった頃に、幾原監督が「錦織君は自分と感性が近いかも」って言ったことがあったんですよ。監督がそんなことを言うなんて珍しいなって思った。

錦織:最初の頃に、幾原監督に「時間の流れや感情の流れを、今までとは違うかたちにしたい」と言われたんですよ。それをすごく意識してやっていました。
ただ、そうすると自分の中の不安が高まるというか。普通の作品では、こうやればいいっていうラインがあるんだけど、時間や感情の流れを疑うなんてところから始めちゃうと、これでいいと思う足場が失われて行くんですよ(笑)。

風山:監督が、みんなに与えるヒントがよかったなという気はしますよね。

――ヒントですか?

風山:僕がよく言われたのは「道徳的なことをなるべくしたくない」という事だったんです。世間一般でいうところの良識というのを排除したいと。だから、ある程度、自分の理性を殺してやらなくてはいけなかった。

橋本:そういうことで言うとコンテを描いてる人はしんどかったんじゃないかと思いますね。

錦織:変なことをやってくれと言われるんだけど、変なことをカッコよくやるが難しくて。ただ変じゃなく、変でカッコイイ感じが凄く難しいですね。目指したんですけどできたかどうか分からない。

橋本:錦織さんが、そんな。錦織さんが絵コンテマンの中で、最も楽にコンテを切ってると思いましたよ。
くそー、こっちは、こんなに苦労して切ってるのにと思って(笑)。


――もう少し錦織さんの話を中心に進めましょう。5話の印象からうかがいたいんですが。

橋本:やっぱり、Aパートの最後のリンゴがウサギに変化するのが、凄いです。
あのカットで樹璃が「世界を革命するために」とOFFで(画面に写らずに)言ってるんですが、リンゴという本質は何も変わらないのに、見た目と名称が鮮やかに変わってしまう。というところに、この作品の言わんとする「革命」の実体があるのでは(笑)と考えこんじゃいました。それをシニカルにとらえるか、気持ちのいいトリックととらえるかは受け手の問題ですが。
そういったことをわずか2枚のセルによって表現してしまう、そのコストパフォーマンスに舌を巻きましたね。ホントに。

風山:自分なんかじゃ思いもつかないことが結構あるんですよね。錦織さんコンテって。

橋本:こんなのマネできないっていうのが。

風山:監督から、生徒会室のシーンは極力考えてやってくれって言われるようになりましたよね。

橋本:リンゴが無かったら、その後の生徒会室は普通の描写になっていただろうし。

――そうですね。

橋本:毎回、生徒会室は今回は何をやるんだろうか、という場面になっちゃった。

風山:影絵少女のシーンに似ていますよね。作品を難解にしたのは錦織さんだと思いますね(笑)。

橋本:5話がその後の方向性を決めちゃいましたね。すごい影響力だ。

風山:錦織さんは、意図的に異物を画面の中に混入しようとしてますよね。例えば薔薇のマークがひとつだけ入っていたりとか。そういう描写を監督の要求もなしにやってのけるところが、幾原邦彦に「自分と感性が似てるんじゃないか」と言わせる部分じゃないかなあ。

――視聴者が見ると幾原監督が指示したんじゃないかと思える描写が。

風山:実はそうじゃないという。あと、冬芽が胸をはだけてベットで横になっていたり。

錦織:あれはコンテを切っている時に「普通の回想シーンなんかを入れたらイカン!」という幾原邦彦の天の声が聞こえてきたんですよ。

一同:(笑)。

錦織:で、頭を捻るわけですよ。でも、あれは何ではだけているのか自分でも分からないんです。

――あれは、回想だったの。イメージじゃないの。

錦織:あれは、幹の回想です。冬芽にこういうことを言われたという。

橋本:でも、幹の妄想も含まれていますよね。

錦織:ええ、妄想も含みつつ。物語と画面がシンクロしていないというのも、やってみたいことではあるんです。僕の描いたコンテを、幾原さんや金子さんが手を入れて、さらに「変」にしてくれているというのもあります。5話についても、その後も。


――それでは、次に橋本さんについての話を。

風山:橋本さんも、印象深い話は多いすけどね。特に7話は抜きんでていると思いますよ。
幾原邦彦ワールドをかなり逸脱しているというか。

一同:(笑)。

風山:そこが逆に凄いって言うか、普通止めるでしょ、誰かが!! だけど、あの話は橋本カツヨが、止めようとしている監督を振り切っているように見える(笑)。

橋本:いやいやそんなことない。僕は、幾原さん、こんな風にやりたいのかなって、思ってやったんですよ。
あとは、5話の表現の力にどれだけ追いつけるかってことだけを考えてやりましたね。

――でも、5話は幾原さんが一人の演出家として参加した時に、ひょっとしたら作ったかもしれないと思う。でも、7話は作らないだろうという気がしますよね。

橋本:あ、そうですか(笑)。

錦織:枠を振り切っていくエネルギーっていうのが、すごい。突き破ろうという意志みたいなものが、樹璃を通して出ている。

――普段の『ウテナ』が、キャラクターの感情よりも「表現」の方に行きがちなだけにあの話は光っている。

一同:(笑)。

風山:演出家って、自分のフィールドってあるじゃないですか、7話は橋本さんが自分のフィールドを最大限に生かしている感じですよね。あれを見て、同じフィールドで勝負したいとは、誰も思わないし、思えない。

橋本:いや、7話はヘロヘロになってやったんだけど、5話とかはもっと気軽にやっているように見えて、そこが悔しいというか。

錦織:いえ、7話をはじめとする橋本さんがやった一連のやつは、僕には踏み込み具合でかなわないというか。
自分はもう変なことをやらないと勝てないというか、変な方向にいくしかないという(笑)。

橋本:僕は錦織さんの言う変なことが、ホントにマネできない。33話で、近しいことをやろうとしたんですよ。
でも、僕が錦織さんに近いことをやっても錦織さんにはかなわないからやめました。

風山:『ウテナ』って、あまり泣ける話ないじゃないですか。
唯一、泣ける話が、橋本さんがやった7話や、20話や、29話でしょ。みんな橋本さんだもんね。

錦織:橋本さんに影響されて、七実で泣ける話をやろうと思ったことがあるんですけど、うまくいかなくて(笑)。

風山:僕も西園寺で泣かしてやろうとしたんだけど(笑)。やっぱり、泣ける話は橋本さんでしょう。
僕がやると淡々として泣けなくなっちゃう。

橋本:自分としてはそういう話ばっかりだと、つらいですね。

――望んでそういう話ばっかりやってるわけではないんですか?

橋本:そういうわけではないです。

錦織:そこらへんは、幾原邦彦の采配ですね。


――では、次は風山さんについて。

錦織:そうですね、風山十五の絵コンテは、人とか対象に対して、距離をおいて、クールに見てるなと思います。
それが橋本カツヨと対称になっていて、その部分がかっこいいなあと思うんですけど。

――踏み込んでいく橋本と、距離をおいていく風山。

錦織:現状に疑いを持ちながら「人間なんてこういうもんだ」って見せていく切り口がうまいなあと思って見ていました。

橋本:風山さんがやった9話や25話を観ていると、結果的に西園寺が泣けるキャラになっていていいな、とか。

錦織:西園寺を描くにしても、彼がどう思って、泣いて、苦しんだかっていうのを踏み込んで描くんじゃなくて、まわりに翻弄される西園寺を浮かび上がらせているというか。

風山:それは、僕がまわりに翻弄されていたのが反映されていたんじゃないですかね。

一同:(笑)。

――今回の第7巻には、第25話も入ってるんですよ。

風山:あの回の絵コンテは、今年きった絵コンテの中で、かなり自分のテンションの高いものでした。

橋本:すごいインパクトがありましたよ。

風山:25話には監督のテイストもかなり入っているんですよ。暁生が、車の前で前転するじゃないですか。そして、前をはだけたまま車が走っていく。あれ自体は監督のアイデアなんですけど、そのアイデアを渡された時に、そういう事をやればいいんだなっていうのがなんとなく伝わってきました。

錦織:25話のコンテを見せられたときに、これは表現の限界にきたと思いましたよ。監督のアイデアも入っているのかもしれないけど、それを使って、ここまでやるのかっていう驚きがありましたよね。だから、皆が(他のスタッフが)、僕を置いて僕の手が届かない世界に行こうとしてるんじゃないか(笑)と思わせるものが、25話にありましたね。

――「黒薔薇編」は割とドラマ主体だったじゃないですか。幾原監督は、そこが不満だったみたいだから。

橋本:路線変更したかったんでしょうね。

風山:たしかに25話は、もっとシュール路線というか。とにかくキャラクターに感情をつけないっていうのが大前提で、それに関しては、かなり意識してコンテをきりましたね。

橋本:それだけに感じたことのない快楽がありました。25話を見た後の、この昂揚した気分はなんなんだろうと思いましたよ。

風山:変な例えですけど、栄養ドリンクをあびるほど飲んで理性がとんじゃってる感じですかね。
かなりのハイテンションで、気が狂ったように絵コンテを描いてましたから。

橋本:25話は、作画もコンテの要求に見事に応えているし。決闘場へ行くシーンも新しくなって、さまざまな新機軸が…。

風山:あれのせいで制作現場にかなり迷惑をかけちゃいましたよね。

――風山さんが脚本も担当した19話は、ハートウォーミングでいいですよね。風山さんの持ち味が出ていて。

風山:それが僕の辛いとこで、『ウテナ』の世界観とは、ちょっと違うんじゃないかなっていう気もしまして。

橋本:根室記念館のエレベーターが下までいって戻ってくるという、掟破りはおいしいなって思いました。

――あれはいいですよね。草時が単なる悪者でないこともわかったし。

風山:『ウテナ』の世界観では、何かが欠けた人間しか生きていけないんじゃないかと思うんですよ。
「普通」の基準が世間一般のものと違う。

橋本:生徒会メンバーの中で西園寺は普通なんだけど、彼は一般の基準で考えると、えらくとんでもないやつなんです。

風山:他の作品だと、若葉とか風見君とかの方が物語の中心にきますよね。
でもそうはならなくて、物語の真ん中にいるのは冬芽や樹璃で、一般的な常識や生理が欠落してる。

橋本:特別な人がどうして「特別」かというと、何かが欠けて特別になっているわけですよね。マイナスの意味で「特別」なんですよ。若葉とかは、特別な人に憧れるんだけど、その特別な人達はじつにシンドイ目にあっている。

風山:若葉は、自分の生活にも内面にも欠けているものがない。

橋本:欠けてないですね。それは幸せなことです。

風山:自分にとって「大切なこと」だけ思い続けて生きていくことが、どれだけ大変なことか。普通は他人に依存したり、考えを共有することで、一種のやすらぎとかを得るんだろうけど、『ウテナ』という作品は、そういうものを一切排除していますよね。
だから、コンテを描いていて辛いのかもしれないけど(笑)。

錦織:自分の作業が終わってから感じたんですが、『ウテナ』では各キャラがそれぞれの立場で「特別なもの」を追い求めていますよね。だけど追い求めるけど、届かない。「世界の果て」というのが、その行く着く先としてあるのかもしれない。
その「特別なもの」って、誰もが多少は求めているものなのかもしれないけれど。

風山:「大切なもの」を他人に求めることってありますよね。でも「自分のことが大切」だということに対して無自覚な人が多すぎると思うんです。「誰かのため」とかいって、自分以外の第三者に自分の在り方、生き方の責任をあずけてしまう。そういうのって不健全だと思うんです。
本当は何が大切なのかと考えたら、自分が幸せをつかむ、自分が欲しいものを手に入れることじゃないかと思うんです。樹璃や幹や冬芽や西園寺もそうなんじゃないかな。だから、そういうことを題材にしたり、物語の本質にしたりすると、作り手側でも、どこかで葛藤が起きてくる。だから、僕なんかは辛いのかもしれない。

一同:(笑)。

橋本:気が狂ってしまえば辛くないのかな。モラルとか理性があると辛いのかな。

風山:監督も苦しんでるところを観ると、まだ狂ってないって事ですよね。

橋本:監督が狂っていると、更に面白いけど。

風山:モラルや理性を取り除くという作業の中で苦しんでいる以上、僕らはまだ健全なのかもね(笑)。

橋本:欠けていること自体は、面白いことですからね。自分では若葉の回をやるよりも、樹璃の回をやった方がずっと面白いし、草時なんてもっと面白いし。行き詰って進退窮まっている奴には共感します。


橋本:錦織さんが前に言ってたよね。幾原邦彦が鳳暁生で、絵コンテマンがデュエリストだって。それぞれに疑心暗鬼を持っていて、幾原監督の手の上で踊らされているていう……。

錦織:思うがままに踊らされている。

橋本:でも、はじまった頃、幾原さんは雑誌の記事で、自分の気持ちはデュエリストに近いって言ってなかったっけ。

風山:きっと風あたりの強い世間で、痛い目に会わされて「世界の果て」を見たんですよ(笑)。

――それで言ったら、幾原さんが自分を重ねているのは、ウテナと暁生なんじゃないですかね。

風山:そうですね。両極端な2つの部分を、それぞれのキャラに反映させている。

橋本:シリーズの終盤になると、打ち合わせの時に「暁生はオレだ」とか言ってましたよ。

――ウテナはちょっと前の幾原さんだね。若さにまかせてガムシャラに演出をやっていた頃の。

風山:そういうことなんでしょうね。

橋本:こんな話を載せていいんですか。

――全然問題ないです。

風山:だから、僕らは『ウテナ』という作品に「輝くもの」や「奇跡」や「永遠のもの」を探しにきているデュエリストみたいなもんですよね。

橋本:そうそう。決闘させられたあげくに、敗北して去っていくという。

錦織:欠けたものに対する答えが欲しいけど、そこを監督に利用されたというかね(笑)。幾原さんが「輝くもの」や「永遠」みたいな「何か」を持っていて、いつかその「何か」を見せてくれるんじゃないかと思って参加していた、みたいなところがあったと思うんです。
だけど、結局、そんなものは誰もくれないんだよ、ということだけが分かった。だけど、そのことでひとつだけ、殻をつき破ることができたんじゃないかな。
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