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「バーチャルスター発生学」 幾原邦彦×さいとうちほ ドライブ対談
- 2007/06/17(Sun) -
幾原邦彦(監督) VS さいとうちほ(原案・漫画)
徳間書店「アニメージュ」 97年11月号より

――それでは、今回は第3部の内容に合わせてドライブ対談です。

幾原:じゃあ、さいとう先生、行きますよ。

さいとう:ええ。


(ブァン、ブァン、ブァン、走り出す車)


さいとう:うわあ、すごい、スピード。トバし過ぎじゃありません?

幾原:大丈夫、まだ、まだ、こんなものじゃないです。

――トバし過ぎと言えば、最近の『ウテナ』は、ますますトバしてますね。

さいとう:うん。生徒会室に踏切が出てきた(第22話)のには、ちょっとびっくりしました(笑)。

幾原:ああ、不思議ですよね(微笑)。

さいとう:幾原さん、トバしているなあと思います。最近は、トバした描写がどんどん多くなってきていて、生徒会のシーンはトバしているし、影絵少女もトバしているし、決闘シーンまでトバしはじめたから、トバしているシーンとシーンの間に、ちょこちょこっとドラマがあるというかたちで(笑)。

幾原:確かにね。全体の中で占める割合が逆転してきていますね(笑)。

さいとう:いったい、これはどこまでいくんだろうかって思いながら、楽しく見ています。ただ、私が描いている漫画の『ウテナ』は、普通のドラマのところを漫画にしているわけだから。

幾原:漫画に生かせる普通のシーンが、アニメにはほとんどない。

さいとう:そうなの。だから、なんていうか……やりがいがある作品だなあと思っています(笑)。

一同:(笑)。

幾原:申し訳ありません。

さいとう:いえいえ、アニメの方がトバしてくれると、負けるものかって思って、漫画の方もやる気がでますから。「アニメがそうくるなら、こっちはこういくぞ!」って。

――初めの頃は影絵少女のシーンがすごく浮いてたのに、今では、他のシーンの方がシュールなくらい。

さいとう:そう、影絵少女のシーンが、なんだかホノボノして見えるよね。人間、慣れというのは怖ろしいものですね。


(ブァン、ブァン、ブァン、走る車)


さいとう:第2部の終わりの方では、指差しマーク(第22話)も、面白かったです。

幾原:面白いでしょ。

さいとう:あの指差しマークには、何か意味はあるの?

幾原:ありますよ。あれは画期的なことをやっているんです(笑)。通常、作品の何がどう面白いかという事は、観てる人が自分で感じることなんですけど、それを制作者側が「ココが面白いですよ」という風に補足しているんですよ。

さいとう:そういうわけか……(笑)。
私はひょっとしたら、ものすごい深い意味があるのかなと思ってたんですが何か謎解きの手がかりになるとか。

幾原:もちろん意味もありますよ。

さいとう:本当? じゃあ、どうして窓の外にいた猫が増えたんですか。

幾原:最初一匹だった猫が、可愛い猫ちゃんに出会って恋におちたんですよ。
それで時が経って、子供が出来たんですよ。

さいとう:じゃ、アレは時間の経過を示しているわけ?

幾原:さすが、スルドイですね(笑)。

さいとう:「時」が第2部のテーマだったんですか。

幾原:うーん。テーマではないですけど、「時間」は、この作品ではかなり重要なことですよ。「記憶」と「時間」がね。


(ブァン、ブァン、ブァン、走る車)


さいとう:それじゃあ、第3部のテーマは?

幾原:車ですよ(笑)。

さいとう:そうなの? 本当に車がテーマなの(笑)。

幾原:勿論です。鳳暁生が乗っているスポーツカーがテーマです。だから、今回はこうして、ドライブしながら対談してるんじゃないですか。

さいとう:スポーツカーで何を象徴しているの?男性?権力?

幾原:僕が子供の頃にスポーツカーブームというのがあったんですよ。そのせいか僕はいまだに、ああいった車が、子供が持っているような欲を、大人の世界で満たすもの。そういうものに見えるんですよ。大人になると、どんどん、玩具ってなくなっていく。子供の頃は、例えばロボットのプラモデルが欲しかったりするけれど、オトナになるとそういう欲しいものってなくなっていくじゃないですか。
そりゃあ、家とか欲しいとか思うのかもしれないけど、それは、やっぱり玩具とはちょっと違う。車というのは、僕の中のイメージでは、限りなく大人の玩具のイメージに近いですね。

さいとう:ふーん。それに鳳が乗るのはどんな意味があるの。

幾原:ステイタスですね。やっぱり、玩具というのは余裕があるから買えるわけです。ステイタスの高いブランドの車を持っている人ほど、余裕があるということだから、余裕のある大人の象徴物として描いているというのはありますけどね。

さいとう:大人の遊び、大人の玩具。

幾原:そうです。 「贅沢してるな」という感じですね。

さいとう:ふーん。

――しかも、暁生達は胸元を開けて乗っていますよね。あれも贅沢なんですか?

幾原:ええ、贅沢ですね。さらに、ボンネットにも乗ってしまう。

――なるほど、確かにそれは贅沢ですね。

さいとう:しかも、走りながら(笑)。

――監督としては、あれをカッコイイこととして描いているんですか?

幾原:当然ですよ。

――毎週、冬芽が胸元を開くのも。

さいとう:ええっ、毎週、胸を開くの?

幾原:ええ。

さいとう:それは、楽しみですね(さいとう先生、よろめく)。

幾原:イカしてますよ。

さいとう:うーん。つまり、大人の玩具を持って、胸を開いているというのは何なんですか?
 快楽の全てがそこにあるわけですか。

幾原:そうですね。それは近いですね。
世の中で、子供に戻ることを許される人は、少ないと思うんですよ。子供に戻るということは、それだけ本人に余裕がないとできないわけですから。そういう意味では、贅沢品であるブランドものの車の上で裸になっている彼には、そうとう余裕があるのでは、という気がしますね。

さいとう:確かにそれはそうかも知れない。すると、あれは幾原さんの理想の大人に近いわけですね。

幾原:そうですね。あくまで空想の中の、バーチャルな理想としてですけど。その行為以外でも、鳳暁生の存在そのものも、僕のバーチャルな理想です。バーチャルスターですから。

さいとう:じゃあ、鳳のステイタスである車に冬芽達が乗ったり、決闘場にそれに乗って現れることにも意味があるのね。

幾原:そうです。

さいとう:そんな大人の快楽を知っている鳳にウテナは誘惑されちゃうんですね。

幾原:そういうことですね。


(ブァン、ブァン、ブァン、走る車)


――『ウテナ』はこれからクライマックスに突入していくわけですが。具体的には。

幾原:30話からウテナと暁生の、かなり濃密な関わりが出てくるので、ちょっと楽しみにして下さい。
「えっ!?そんなのアリ」ということもやります。

――クライマックスは、アニメと漫画は違った展開になるんですか。

幾原:いや、基本的には大筋自体は同じですよ。見せ方が違うだけで、やることはあまり変わらないです。

――漫画の方はすでにクライマックス直前って感じですよね。

さいとう:アニメの脚本と、漫画が同時進行なんです。なるべく、榎戸さんの脚本が仕上がってから、それを生かしながら描こうと思っています。

幾原:大筋が同じなら、後はさいとう先生が描きたいように描いてくださって結構ですよ。

さいとう:全く同じに描くことにはならないと思うんだけどね。ドラマの結論は合わせたいし、テンションの高さでアニメに負けないようにしたいから。

幾原:期待しています。さあ、もっとスピードを上げますよ。

さいとう:もう、行けるところまで行ってください。


(ブァン、ブァン、ブァン、猛スピードで走り去る車)

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