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美術監督・小林七郎インタビュー
- 2007/09/19(Wed) -
LD「少女革命ウテナ L'Apocalypse 10」封入特典・解説書より
――以前、小林さんが幾原監督と初めてお会いになった頃だと思うんですけど、幾原さんのイメージの提示の仕方などが新鮮で、久々にいい手ごたえを感じているというお話をうかがったんですが。(参照

小林:あー、そうでしたか。そういう言い方をしていましたか。

――そのあたりを踏まえて、幾原監督との最初の出会いからお話を聞きたいんですが。

小林:感覚的なことなので、言葉では説明しにくいんですけどね。日常的な通念とかそういったものから、大幅に突き抜けた感覚というんですかね。幾原さんは、そういう感覚をお持ちですね。普通はアニメーションの絵って、説明的な要素が足枷のようにつきまとうものなんですよ。

――説明のための要素が多いということですね。

小林:そういうものをスパーっと外しちゃってね、「イメージを強調した画面を」という狙いが、感じとれたわけですね。たとえば「空間は空だ」という言い方をなさるわけです。つまり、室内でも空の背景があってもいい、みたいな。イメージを際立たせるための省略がトコトン極まって、世界を変形させる。世界をデフォルメするところまで食い込んでる感じがね、面白いと思ったわけですよ。

――具体的な例はありますか。

小林:そうですね。今の「空間は空だ」という話でね、校庭にアーチが立っている情景が何度か出てきていると思うんですが、本来なら、そのアーチの向こうに建物があったり、いろいろあったりするはずなのに、画面ではアーチの向こうは空のみ!まっ白とかってね(笑)。これはまさにイメージ優先で、本当の「作りものの世界」を目指している、という気がしましたね。
「作りもの」という言葉を使うと誤解されがちですけど、所詮人間の為すことは作り事ですよね。必要なメッセージを伝えるために不必要なことを排除せざるをえない。そのやり方が、彼の場合は本当に徹底している。そうですね、比類の無い人ですね。常に挑戦している。
一緒に仕事をしていても、幾原さんの作り方のノウハウというか、理詰めの説明っておおよそ彼自身から聞くことは出来ないんですね。感覚的な言葉しか聞けないし、こちらも感覚でそれに対応する。そういう流れでしたね。うーん、雲のような人でした。

――『ウテナ』以前は、幾原さんと一緒にお仕事したことはないんですか?

小林:ないです。まったく初めてですね。

――お会いになるまでは、名前もご存知なかった。

小林:知らなかったですね。だから、私のような堅物の融通が利かない男に、果たして幾原さんが合うのか。若い世代で、しかも飛んだ感覚の彼が果たして合うものか、周りが心配していたようでしたね。

――(笑) そうだったんですか。

小林:うん。でも、まったくズレは感じませんでしたね。ピッタリと合いました。……本当にいい経験でしたね。それまで「説明」に縛られていたのが、解き放たれた。ここまで自由なイメージの展開が可能だったんだと。すべての画面がそのように成功したとは言えませんけどね。

――小林さんは、今までも色々な作品で建物などの存在を際立たせるために、光と影を強調したり、線を多用したりということをやられてきたわけですが、幾原さんの感覚的な要求に対して、具体的に絵を描いて応えるために、従来の小林さんの美術の手法と、何か意図的に変えていったところはあったのでしょうか。

小林:いや、意識的に変えるというようなことはしなくて済みましたね。『ウテナ』では、今までやってきたことの延長線で、見せたい物を際立たせることを、とことん極めつくしたということでしてね。

――小林さんは『ウテナ』に限らず、最近はそういった方向性をお持ちなんでしょうか。

小林:そういったことの重要性は感じています。意図を強調する。強調するには、当然、省略とデフォルメが必要になる。これは必要なことです。『ウテナ』では、それを徹底的にやりました。そして同時に作品を見る側の目線にも耐えられるようにしなくてはいけない。
あまり飛躍というか、難解なものにしてしまって、見る側との接点を失ってはまずい。だから、幾原さんも、際立ったやり方をしながらもその一方で、感情を抑えた描き方も随分なされていますよね。線や形をシャープに綿密にしながら、それをむしろ、見る側との接点にしていたのかもしれません。そうしながら、不必要なものを削り落とすということをやっていたのかもしれませんね。削り落とした分の足りなさを、その作品の雰囲気、支配的な色調などで埋め尽くすということをしていたんでしょう。
説明が的確なのか分かりませんが、かつて、アメリカあたりでポップアートなどの、新しい芸術が実験的になされましたね。その頃ね、ハードエッジっていう言い方をされた芸術があったんですよ。言葉の意味を解釈すれば、エッジというのは角という意味ですね。形態はものすごく幾何学的で、明確なんです。物事を中間点で捉えるっていうんじゃなく、最小限必要なかたちだけで追求していく。そういうギリギリのエッジの部分で、一般とのつながりをもっている人。まあ、そういう芸術と似たようなムードを持った人として、私は幾原さんを受け止めていたんですよ。


――幾原さんのイメージと、小林さんの美術の間に、長濱博史さんの描くデザインや設定があるわけですが、小林さんは長濱さんの仕事にどのような印象を。

小林:若さですね。若さのよさと、足りなさの両方感じました。そういったいい部分をいただきましたけどね。かなり柔軟な発想。私なんかは建築物に関して、物理的なことや力学的なこと、重力とか力学という下地のもとに建築がなされているという原理から切り放して考えられない。そういうことが、自分の発想を制約していると思うんですが、彼の場合は重力とか力学というものをまったく無視してくるんです(笑)。そういう自由な発想に関しては、結構、ショックを感じることがありましたよ。

――幾原さんのイメージと長濱さんの設定とが、小林さんの中でさらにアレンジをされてかたちになるという流れだったのでしょうか。

小林:そういう感じになりましたね。長濱さんのデザインには、冴えたいいものがありましたからね。なるべくそれを生かすように気をつけました。

――『ウテナ』に出てくる建築物の大半が長濱さんのデザインですが、根室記念館は小林さんのデザインだそうですね。

小林:そうです。最初は記念館ということで、長濱さんにはドームという発想があったようですけど、幾原さんはどうもそういうイメージじゃないようだったんです。みんなでお茶を飲みながら話をしたんですよ。「こんなですか、あんなですか」って。それを私がまとめて仕上げるかたちでした。

――『ウテナ』の建築物では珍しく正統派の……。

小林:そうそう。

――むしろ存在感を重視した感じでしたね。

小林:そうですね。重量感と存在感を強くするには、建築学的な裏付けをどこかに持つべきだということで、ああいったかたちになりました。それに対して決闘場なんか宙に浮いていて、およそ理詰めとは無関係ですよね。


――色使いなんかはシリーズを通してずっと同じ調子だったんでしょうか? それとも意識的に変えていらっしゃったんでしょうか?

小林:シリーズの流れでですか? 変わってきましたかね?

――後半の方がこってりしているような。まあ、いろいろと話のバリエーションが増えていったからだと思うんですけど。

小林:ああ、そうですね。それはやはりシリーズをやっていくうちで変わったんだと思いますね。そういう意味では、もし変わっていったとしたら、それはよかったんだと思いますよ。

――第26話「光さす庭」で、タイトルになった庭などは印象的でした。

小林:はいはい。廃墟の庭でしたね。

――そうです。赤が強烈で、季節は秋っていう感じで。

小林:白、黒、青、赤なんですよ。『ウテナ』のテーマの色は。もちろん、つけ足しとしてグリーンをサブにちらつかせたりはしますがね。

――白、黒、青、赤。

小林:これに黄色が入ると3原色と白黒になります。つまり色の素ですね。特に白黒と、赤ってやつは、一番情念と直結しますから。それは意識的にやっています。

――中間色を排除するということになるんですか。

小林:それは隠し味として常に扱っているわけですよ(笑)。

――幾原さんから色に関する指示はあったんでしょうか?

小林:シリーズがはじまってからは、なかったですね。最初の打ち合わせの時に真っ白、真っ黒、その上に赤とか……、赤という言葉はありましたね。青は後からどうしても必要なものだということで、私が追加していきました。白黒、赤ですね。幾原さんの求めたものは。


――振り返ってみて印象的だったことは、何かあります?『ウテナ』のシリーズ中で。

小林:多いですね。さっきおっしゃった、光さす庭とか、夕方の街並みとか。
廊下にアーチ型のガラスが張ってある場所がありまして、そこに薔薇の模様が欲しいという要求が幾原さんからでたことがありました。(※第13話「黒薔薇の少年たち」の、影絵少女C子が現れるシーン。)
夕方でしたから、夕陽があたって赤い薔薇が全てを真っ赤に染めたような情景になります。描きながら、赤の血の色が周りの植え込みや壁などに浸透していくような感じにしてみました、成功したかどうかわからないけども。イメージを自分なりに高めていくというか、そういった遊びもやりましたね。
最初に、俯瞰で学園全体見渡すカットがありましたよね。(※第1話「薔薇の花嫁」。長濱博史のデザインでは、鳳学園の背後の海は設定されていなかった。)
あれを描くときに、この辺に海があるといいぞなんて思ったんです。学園を取り巻く白い、ほとんど白に近い街並みを、一見薔薇の花を思わせるようなかたちに、青い川と海が切りとっているというふうに描いたんですよ。結果的にはずっと後々の流れの中で、あそこに海があってよかったということになりましたね(笑)。(※第29話「空より淡き瑠璃色の」などで、鳳学園周囲の海は効果的に使われた。)

――他に印象的だったことなどはありますか。

小林:理事長室については、私の方で美術ボードを描いて簡単に色をつけて、幾原さんに見せたんですよ。そうしたら「いや、もっと」って言うんですよ。どういう状態かというと、プラネタリウムの天井がある、言ってみれば薄暗い部屋ですね、ただし、側面にアーチ型に抜けた窓があるわけですね。でまあ、今までの流れだと、天井は真っ黒に近い感じで、床は赤い……と、ここまでは自然とでてくるわけですよ。ところが、天井からずっと降りてきた側面の色は……まあ、これくらいかなって、私は、白までいかせないで、グレーっぽい色に留めてたんですね。天井の真っ黒から次第に色が明るくなってきて、グレーでとめると。
だけど、彼はね「もっと」って言うんですよ。中間点で真っ白くしてしまった方がいいと言うんですね。私は、そこまで飛躍出来なかった。「ああ、俺は、まだまだだなあ」って思いましたよ(笑)。
やっぱりね、今までの概念というか、しがらみから抜けきってないから、そういう形で不自由さがでるんですね。幾原さんのイメージはそういう通常の概念、しがらみをばっさりと切っちゃっている。私は、それを無理なく、不自然に感じないように、ちゃんと建物の壁として感じられるような技術的操作を後から、したわけです。
大きな狙いに対してそこまで飛躍出来ない自分に対して実にまどろっこしく感じましたね。随分、いろいろそういう刺激を受けましたね。

――幾原さんとの出会いは、小林さんの長い経験の中でも新鮮なものだったわけですね。

小林:そうですね。ちょうど昔、出崎さん(※出崎統。『あしたのジョー』『ガンバの冒険』『宝島』『白鯨伝説』等、アニメ史に残る傑作を数多く手がけたアニメーション演出家。小林七郎とコンビを組むことも多かった。)から受けたいろんな衝撃とか、意気投合できる部分とか、その当時にいろいろと触発されたのと似た感覚ですね。
私は、時代を超えて現れた、第二の出崎さんだとあの人を思っている(笑)。彼も出崎さんの作品が好きなんですよね。その辺でフィーリングがあったのかもしれませんね。とにかく心地よくやれましたよ。結構、無理な注文も出ているんですけど、抵抗なくできました。いや、幸せな出会いでした。
 
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