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映画化決定記念 榎戸洋司×さいとうちほ 対談
- 2007/11/15(Thu) -
榎戸洋司(シリーズ構成) VS さいとうちほ(原案・漫画)
『少女革命ウテナ』映画化決定記念による対談
ビーパパスの面々、映画の抱負を語る

徳間書店「アニメージュ」 98年03月号より

――では、後半戦です。さいとう vs 榎戸対談ということで始めましょう。

榎戸:『ウテナ』も企画段階からだと、もう3年間近くやってきた事になるんですが、その間、僕らは、さいとう先生に甘えっぱなしだったなと思うんです。

さいとう:いえいえ。

榎戸:甘えっぱなしで、さらにこういう事を言うのも何だけど、TVシリーズの『ウテナ』では、結局、作家である、さいとうちほを崩せなかったかなって思います(笑)。

さいとう:そうかな、ものすごく崩されたと思うけど(笑)。

――崩せなかったって、どういう意味です?

榎戸:『ウテナ』に参加することで、さいとう先生が新境地を開くようなことになればいいなと思っていたんです。でも、僕らが、さいとう先生が描いたことのないような話や絵を要求しても、さいとう先生は口では「まあ、たいへん」とか「こんなことをするのは初めてだわ」と言いながら、楽々とクリアしてしまった(笑)。

さいとう:ええ~、そうかなあ。

榎戸:先生の懐の広さを思い知らされたというか。

さいとう;確かに、『ウテナ』で初めてやらされたことは沢山あったんですが、榎戸さんや幾原さんに痛いところを突かれることは、滅多になかったというか、出来ないことを無理にやらされることはなかったよね。榎戸さんや幾原さんたちの仕事に、楽しくご一緒させてもらったという感じで。

榎戸:アニメのウテナが、妙に大人びた性格だったのは、さいとう先生のパーソナリティに引きずられたからだろうなって気がします。
友達のために熱血で戦ったりするんだけど、その一方で不思議なくらい落ち着いていて、決闘場で奇妙な体験をしても「何だかヘンテコな目にあったなあ」の一言で済ましてしまう(笑)。

さいとう:え、あれって私の性格なの?

榎戸:そのままでしょ。僕らが作家である、さいとう先生を崩せなかったのと同じように、作品中でウテナが潰れなかったな、という印象はあります。

――潰れなかったって、キャラクターとしての天上ウテナが?

榎戸:そう。ウテナって、作品中で本音を吐露するようなことがなかったでしょ。

さいとう:そう言われればそうだったね。それだけに割と傍観者的で。アニメの方だと、シリーズの中盤までウテナがストーリーの中心になっていなかったから。物語の中で埋もれちゃうんじゃないかって危惧していたんです。でも、何故か最後まで図太く物語の中心にいて。

――さいとうさんと他のメンバーは、『ウテナ』では、どんな風に仕事をしていたんですか。

榎戸:前の頁の対談で、幾原と長谷川君が、演出家と作画監督の線があやふやになっているって言っていたけど、確かにビーパパスに関しては、それでOKかなと思う。

――と、言うと?

榎戸:監督があるビジョンをもっていて、それを僕が脚本にして、それをまた監督が絵コンテにして、それに従って長谷川君が絵を描くというような、機械的な感じじゃなかったですね。

さいとう:確かにそうだよね。私は共同作業で作品を作るのは初めてだったんですが、「このやり方は、普通じゃないんだろうな」とは思いながら参加していました。なんだか、ハードに仕事をしているっていう雰囲気にはならなかったよね。

榎戸:さいとう先生や幾原や長谷川君と「人生とは何か」、あるいは「恋愛とは何か」っていうことを、しょっちゅうディスカッションしていたような気がする(笑)。時には、そういうことが作品づくりよりも面白くなっていた。

さいとう:そうそう。

榎戸:思い返せば、作品とは直接関係ないような話ばかりをしていたかも。

さいとう:アニメの『ウテナ』は、エッセイみたいな、人生論みたいな、そういう作品だったよね。みんなの、ものに関する考え方が集まって、出て来ていて、そこが私自身は面白かった。そういう意味では、つくづく特殊な作りをしたアニメだなあって思うけど。

榎戸:作っているうちに、目的が「面白い作品を作る」ということから「面白いことをやろう」ということに変わっていったのかもしれない。

さいとう:だから、『ウテナ』を映画にするにしても、どうすればいいのか、まだ見えない。このまま楽しく続けていいのかな。それとも、もっと「大人の仕事」をしなくちゃいけないのかな。

榎戸:きっと『ウテナ』の隠れたテーマは「楽しい大人になる方法」なんですよ(笑)。

――では、具体的に映画版についての抱負は?

榎戸:僕は、とりあえずゼロからの出発かなと思っています。

さいとう:そうね。私も漫画の最終回を描き終えて、頭がカラっぽになっているから丁度いいかもしれない。

榎戸:放映が終わったばかりで、まだ客観視できないせいもあるけれど。「ウテナらしさ」っていうのが何かというのが難しい。企画段階と、放映開始した頃と、最終回の頃で、それぞれの「ウテナらしさ」があったわけだし。

さいとう:「ウテナらしさ」を意識して作ると、自分が作ったものを自分で模倣することになりかねないから、違う方向目指した方がいいのかも。

――最後に、もう一言。

さいとう:榎戸さんや幾原さんの出逢いから、私にとっては本当に楽しかったとしかいいようがない日々でした。

榎戸:僕もそういう意味では、『ウテナ』に関しては楽しかったという想いしかないな。

さいとう:このまま、『ウテナ』の映画が完成するまで、楽しければいいなと思います。映画が完成するまでには、何か大変なことがあるかもしれないけど。でも、これから何が起きるんだろうと楽しみに思うくらいですから、私にはまだ体力が残っているのかな。

榎戸:一緒に仕事をしていて、これは凄いなあと思った、さいとう先生の一言があるんです。

さいとう:何なの?

榎戸:仕事の上のトラブルが起きそうになった時に、さいとう先生が「まあ、それはそれで楽しめばいいでしょ」って言ったんですよ。「結局、人生は楽しむか、めんどうくさがるか、2つに1つですから」って。その言葉を聴いた時に、僕には、人生の新しい地平が見えたような気がしました(笑)。

さいとう:ええ~(笑)、私、そんなこと言ったっけ?



映画化決定記念 ビーパパス座談会
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