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第38話 「世界の果て」 オーディオコメンタリー
- 2007/12/19(Wed) -
「少女革命ウテナ」北米正規版DVD<最終巻>特典
幾原邦彦監督・さいとうちほ オーディオコメンタリー 文字起こし
――前回は、出会いとか企画の最初の段階とか、色々裏話を聞かせていただきましたが、今度は色々シンボリズムとか、これは何を意図しているとか、ファンが不思議に思うような事なんかを解説していただこうと思います。
例えばですね、チュウチュウとかはどのように?

さいとう:チュチュじゃなくて、チュウチュウですか?(笑)

幾原:どっちでもいいんじゃないの?

さいとう:(笑)。いやいや、チュウチュウとチュチュは違うんじゃないですか?

幾原:ああ、チュチュですね。

さいとう:チュチュ?チュウチュウの話?

幾原:チュウチュウってキャラもいた?

さいとう:いや、なんか「チュウチュウ」って台詞がなかったですか?(※第15話「その梢が指す風景」)

幾原:ありましたよ、それは。「チュウチュウ、ねずみです」みたいな(笑)。それ、影絵少女か何かの台詞じゃなかった?

さいとう:ああ、そうだったかもしれないね。まあ、シンボリズムについては監督が全てを仕切っていらっしゃったので。私はただ鑑賞するだけで精一杯だったので(笑)。

幾原:(笑)。とにかくそういう事がやりたかったんですよ。最近はそういう欲はないけど、この時はとにかくそういう事をやりたかったんですよね。

さいとう:ああ……。

――チュチュは映像の遊びというか息抜きみたいなものなんですか?

幾原:いや、あんまり何も考えてない。

一同:(笑)。

幾原:アニメだからそういう事をやるだろっていう。

――例えば螺旋階段とか何回も使われているんですけど、それは何を意味するんでしょうか。

幾原:あんま意味ないですね(笑)。いやいや意味あるんだろうけど、忘れたなあ、何だっけかなあ……。

さいとう:(笑)。

幾原:よく出来てるよね。

さいとう:ああ、これね。

――出てきましたね、螺旋階段。

さいとう:これって最初は出てこなかったのよね。

幾原:え、出てきたよ。

さいとう:え、そうだっけ。

幾原:見せ方が違うの。エレベーターになってるから。最初エレベーターじゃなかったのよ。

さいとう:登ってたよね。

幾原:最初は階段を登ってて、途中からエレベーターになったのよ。

さいとう:それはやっぱり登るのが大変だからとか

幾原:いやいや、そろそろ絵を変えたほうがいいだろうと思って(笑)。

さいとう:(笑)。

幾原:ずっと登ってたら、見てる人が飽きるだろうと思って。じゃ、エレベーターにしましょうって。

――絵的にすごくかっこいいなとかそういう部分があって、(アイデアが)浮かぶわけですか。

幾原:うーん、まあそうだね。

――で、薔薇の花がよく出ますが、薔薇の花の意図するところは。

幾原:うーん、あんま考えてないなあ。何だっけ。

さいとう:薔薇……やっぱり『ベルサイユのばら』ですか?

幾原:そうじゃないの?(笑) いいの?そんないい加減な事言っていいの?「『ベルサイユのばら』じゃないの?」って、どういうことよそれ(笑)。

さいとう:わかんない(笑)。

幾原:そんなわけないじゃん(笑)。

さいとう:とにかくもう「シンボルは薔薇」って決めたんですよね。いつだったか忘れたけど。

幾原:薔薇園が出てたから?

さいとう:うーん、何でだったかなあ。とにかく薔薇に拘ることにしたんですよね。

幾原:うーん、そうかなあ。

さいとう:(笑)。そうでなければこんなに、四つ角に薔薇が回ってるはずないじゃないですか。

幾原:うーん、そうかもね。

さいとう:まあ、大変な見せ場に来てしまいました。私この絵が好きだなあ。

幾原:この回の絵?

さいとう:いや、このずり落ちそうになってるディオスの絵が。( 画像

幾原:あー。

――この制服なんかはどのようなコンセプトで。

幾原:これさいとうさんに任せてたんじゃないかなあ。

さいとう:いや、任されなかったですけどね。

一同:(笑)。

さいとう:すごく、しつこく、デザインを何度も何度もさせられまして。最初私はへんてこなSFっぽいようなものを描いていたらしくて、描くたびに「SFっぽくて良くない」って言われて。「もっとスタンダードなもの」っていう要求をされて。
とにかく「SFにするな」って事はしつこくしつこく…。「ファンタジーにもするな」っていう事も。

幾原:SF禁止。ファンタジー禁止。

さいとう:そうそうそう。だから割と普通の軍服とか参考にして作りましたけどね。あとは胸の位置…

幾原:もうええってそれは。

さいとう・幾原:(笑)。

――なんですか、それは。

さいとう:胸の位置がちゃんと分かるようにデザインしろとかですね、お尻のラインが見えるようにデザインしろとかね…。

幾原:(笑)。

さいとう:腋が見えるようにとか、こう男の子的な発注を色々されまして。大変勉強になりましたけど。特にボタンの位置とかしつこくしつこく言われて。

幾原:ああ……。

さいとう:ちょうどバストのトップの位置にこないといけないんだ!って教えを受けました。

幾原:なるほどね(笑)。勉強になるよね。

さいとう:そうですね(笑)。

――ちょっと匂わせる、エロティックな所は狙ってるわけですね。

幾原:まあそういうのがないとね、あんまり面白くないでしょ。

さいとう:(笑)。

幾原:(笑)。まあ面白くないからやっているのか、自分が見たいからやっているのかっていうのはね。

――決闘の意味というのは。

幾原:意味?意味はね、TVじゃないですか。「あと10分で放映終わるから、そろそろ見せ場かな?→決闘!」とか、そんな感じ?

さいとう:うーん、でも最初は『三銃士』の話をしてて、そういう風になったんですよね。

幾原:ああ、そんな話あったね。

さいとう:私、『三銃士』マニアだったので、『三銃士』の説明をしていて。
主人公のダルタニャンがパリに出てきて三銃士と次々決闘をするっていうのが、『三銃士』で一番有名な最初のくだりなんですけど。多分そこからきたと思うんですけどね。

幾原:ああ……。

さいとう:(笑) 覚えてないでしょ、幾原さん転がってたからね。

一同:(笑)。

さいとう:私と榎戸さんでその話をしてたんですよ。それでいつの間にかそれでいいっちゅーことになって、決闘するって事になったんだと思いますけどね。

幾原:決闘、大変だったよね。

さいとう:うん。

幾原:なんか絵的なバリエーションっていうのがね。やっぱり限界があるからね。毎回剣で闘うとか斬りあうとか。まあそれは銃でも同じなんだけど。それが辛かったなあ……。

――アクションの見せ場という所で、どうしたらもっと面白くなるかとか。

幾原:最初ね、銃っていうアイディアもあったのよ。銃で決闘するという話もあったんだけどね。それはやめたんだよね。「それは駄目だろ」っていう話にして。
何で駄目かというと、その時アメリカとかで起こった銃の事件が日本で報道されてて、でそれが結構気になってたのかな。
主人公が銃を持ってて、それを人に向けるっていうのはあまり良くないんじゃないかと思って、銃はやめたんだよね。
榎戸は「絶対、銃だ」って言ってたんじゃないかな、最初は。

さいとう:そうだったかもしれない。結構銃でデザインしたような気がする。

幾原:最初はね「銃だ」って言ってて。で、俺は「銃は駄目だ」ってずっと言ってて。で、結局剣にしたんだけどね。本当は銃の方が楽だったんだけどね。色々バリエーションは銃の方が出たかもしれないんだけど。剣だとバリエーション出すのが大変だったね。
今、もう1回やれって言われたら、絶対銃にするね。だって、剣大変だもん。振り回さなきゃいけないじゃない。

さいとう:たしかに。

幾原:描くの大変なんだもん(笑)。巧い奴じゃないと描けないんだもん。銃って構えてるだけでいいから、描けそうって思うけど。剣はね……今は描けないとか思っちゃうもん。今だったら絶対剣にしないね。今は銃。

さいとう:(笑)。

幾原:次は銃にするか(笑)。


――世界的な部分で宝塚的世界があるんですけど、何か影響はあるんでしょうか。

さいとう:ね、あるよね。

幾原:なんかあるの?俺はないよ。

さいとう:だってこれは元々『ベルばら』からきてる…

幾原:きてる?俺はきてないよ。

さいとう:あ、そうですか?一緒に宝塚見に行ったじゃないですか。

幾原:それは『ベルばら』見たわけじゃないでしょ(笑)。

さいとう:まあ『ベルばら』じゃないけど、宝塚……日本の少女漫画的な文化の根底部分にあるものがあるから。
手塚治虫さんからやっぱり漫画の文化はきてるんで。手塚治虫さんが少女漫画を描くときに、多分宝塚テイストというものから発想をした所があるんで、その系譜で『ウテナ』もあるんじゃないかしら。少女向けアニメっていう範疇にこれが入るとしたら。

幾原:日本でこういう作品で有名なのは手塚治虫さんの『リボンの騎士』とか、あとはまあ『ベルサイユのばら』、この2本だと思うんだけど。
要するに女の子が男の子みたいな格好をして剣を手に取るっていうので、『リボンの騎士』と『ベルサイユのばら』というものから引用してるんだろと言われるのは避けられないだろうと思ってたのね。
俺が作る時に一番気にしてたのは、パロディだって言われたらどうしようっていう恐怖がすごくあったのよ。絶対にパロディだと言われてはならないと思ってたんで。でも考えても考えても、ストーリーだけ考えてもどうしてもパロディみたいになっちゃうのよ。
なんていうのかな、例えば『ベルサイユのばら』がね、現実のフランス革命という題材を扱ってて、この『ウテナ』という作品が現実の題材を扱っていないとかそういう問題ではなくて、やっぱり少女漫画っていうジャンルで……そういうジャンルが日本にあるんですよ。アメリカの人には分かんないだろうけど(笑)。

さいとう:(笑)。

幾原:少女漫画とか少女が主人公のアニメーションというもので、剣を取って男の子みたいに闘うっていう内容をやったら、日本では誰だって「『ベルばら』みたいだ」とかね「『リボンの騎士』みたいだ」って絶対言うんですよ。
だからそれで随分悩んだね。絶対にパロディだって言われないようにしようって。
でね、周りからも色んなオーダーがあったのよ。「どうして『ベルばら』みたいにしないんだ」とかね、散々言われたんだけど、それはもうしたくないのだ、という話を散々したんですよ。周りの人になかなか分かってもらえなかったけどね。
ストーリーは色々あるんだから『ベルばら』みたいなストーリーじゃなくて、もっと普通の作品作れよって言われたんだけど、普通の作品にしたらね、この作品はパロディになってしまうと。俺はとにかくパロディにするのには抵抗があったね。
だから表現主義のような部分が多いってよく言われるんだけど、多分そうなったのはパロディだって言われる事を避けたいっていう気持ちが強くあったからだと思うんだよね。

さいとう:でもこのビジュアルは完全にパロディな感じがするんですけど(笑)。

幾原:だからもうね、ビジュアルはパロディ……そこからは抗えないなって思ったから。

さいとう:外見はパロディみたいで、みんなから『ベルばら』的なものとして扱われて。「ぱっと見はそうなんだけど、見ると全然違うでしょ」っていうものにしたかったんでしょ。

幾原:そういうものにしたかったわけじゃなくて、最初は抗おうと思ったのよ。ビジュアル的にもパロディみたいな所から抗おうと思ったんだけど、さいとうさんがさっき言ってたけど「SFにはするな」とか、あと「ファンタジーみたいなものにはするな」って散々言ったのは、要するに見たこと無いものは描けないっていうのが途中で分かったっていうのかな。見たこと無いものは、結局……なんていうのかな。

さいとう:それは幾原さんの中で?だってファンタジーとかSF書いてる作家とか漫画家とかいっぱいいるじゃない。アニメでも。

幾原:いるね、いる。

さいとう:で、幾原さんは違うのね。

幾原:うん、俺の中では違ったんだね。最初はね完全な架空の世界でいこうと思ってたこともあったんだけど。

さいとう:そうでしょ。最初コンセプトはそうでしたよね。私が聞いた説明ではね(笑)。

幾原:そうそうそう(笑)。でもやっていくうちに、どうしてもイメージと違ってくるんだよね。

さいとう:自分のものにしようとしたんでしょ。

幾原:そういうわけでもなくてね。

さいとう:私はもう完全に幾原さんが途中で強引に、この『ウテナ』というのを自分のものにしようとしているという感じがしましたけど。

幾原:それはまあもちろんそうなんですけど。

一同:(笑)。

幾原:いや、そういうことじゃなくてね。途中でね、少女漫画を、ちょっとかっこよく言うとね、総括したような作品にしたくなったのよ。あ、総括っていう英語訳せます?

――全部含むような感じですかね。

幾原:そうです。全部含む、そして……何だろう、その少女漫画の、少女が主人公のアニメーションの意味を定義する。意味分かります?英語に訳せます?(笑)

さいとう:少女の夢とか憧れとか……

幾原:そうそう。これまで作られた、女の子が主人公のアニメを総括する、全てを含んだような内容にする。これまでの少女漫画で表現しようとしていたことの全ての意味は、この作品に込められていると。
そういう作品にしようと思って、頭の中で一大転機があったわけですよ。つまりそこでチャンネルが変わって、ビジュアルはパロディでいいと。いや、むしろパロディであるべきだと。
つまりこれまでの作品を総括するんだから、むしろビジュアルはパロディでなきゃ駄目だと思って(笑)、一挙に『ベルばら』のような流れにいったわけ。

さいとう:なるほどね。

幾原:それまでは『ベルばら』に対してはものすごく拒絶反応があったのよ。絶対嫌だと思ってたわけ、そんなのは。何故かというとその時はもっとSFのような話とかファンタジーのような話を考えていたんで、そう思ってたんだけど。
でもそれがどうしても気持ちよくなくて、やっていくうちに、自分がやりたい事は女の子が主人公のアニメーションの総括なんだなと思ったのね。
で、女の子が主人公のアニメーションが表現しようとしている事って、これは僕の主観だけど、『ベルサイユのばら』とか『リボンの騎士』に限らず、基本的なテーマの核になっているものは大体が「自分革命」であったりするんですよ。

さいとう:うんうん。

幾原:で、女の子が主人公っていうのはつまり自分革命で、どうして自分革命をしなきゃいけないかというと、世界との関わりが意味をもってくるっていうのかな。
それで恋愛を題材にしたりして間接的に語ってるんだけど、まあこの作品でも恋愛は大きく関わっているんだけど、それを更にスケールアップしたような形で表現してみたいなという風に思ったんですよ。

さいとう:なるほど……そんなすごいものだったんですね。

幾原:そんなすごいものだったんですよ。

さいとう:そんな少女文化を総括する意味で作ったとは知りませんでした。

幾原:いや、僕も最初は知りませんでした。

一同:(笑)。

幾原:作ってる過程でね、「そうだ、見えた!」っていう風に思ってきたのよ。もうここらへんの話に来ると確信犯的だから。

さいとう:ああ、たしかに。

――どの辺からその、「見えた!」っていうのはあったんですか?

幾原:やっぱり、フィルムが最初に出来た時にそう思いましたよ。あのね準備期間中は分からなかったんですよ。で、作ってて、フィルムが出来てくる辺りにはもう思ってましたね。
最初のフィルムが出来るまで結構時間がかかってるんですよ。準備から始めて、最初のフィルムが出来るまで1年ぐらいかかってるんです。その間グダグダグダグダ揉めてたんだけど、1話目のフィルムが出来た時にもうこれしかないって思いましたね。

さいとう:『ウテナ』を嫌いな人って結構いて……

幾原:そんな大胆なことを(笑)

さいとう:(笑) その人たちがなんで嫌いかっていうと日本の少女文化に浸っているんだけど、『ウテナ』の中にはそれを否定するような感覚があって、多分その少女文化を総括したいっていう幾原さんの思いがこのアニメを見ていると感じられて、「総括なんかされたくない」っていうところで多分拒否感覚が出てくるんじゃないかな。

幾原:(笑) それはあるだろうね、うん。

さいとう:「せっかく私たちが浸っているのに、夢から醒まさないで。総括なんかしないで。」っていう、そういう感じがあるんじゃないかな。

幾原:そうそうそう。そういうニュアンスで表現した部分もありますよ。

さいとう:それで「そんな所にいちゃいけないから、早く自分を革命して出て行け!」っていう(爆笑)、そんなメッセージまで最後に来るから「余計なお世話じゃー!」っていう拒否反応が来る場合もありましたよね。結構ありますよ。

幾原:ああ……。

さいとう:だからこれを受け入れる人って……コアなアニメファンの中にもこれを支持してくれる人はいっぱいいたけど、普通の人が見たほうが分かるかもしれないなって感じがするんだけど。

幾原:演劇好きな人とかは、結構好きだって言うよ。

さいとう:そうだね。

幾原:元々僕がそこからインスパイアされてる部分が多いからね。

――寺山修司さんとか

幾原:そうそう、寺山修司さん。アメリカでいうとオフブロードウェイの代表みたいな(笑)、そういうカリスマ的舞台演出家がね。ヨーロッパでは結構有名なんですよ、寺山さんっていう舞台演出家はね。
アメリカではそんなに有名じゃないんだろうけど、フランスとかイギリスとかでは有名な舞台演出家さんがいて、その人が僕の心の師匠だったんですよ。で、この『ウテナ』で歌がかかってるんですけど、それを演奏・作曲してるのはJ.A.シーザーという人で、この人は寺山さんの一番弟子ですね。ずっと寺山さんの舞台の音楽を担当していた人で、「天井棧敷」という劇団で寺山さんと一緒に共同演出とそれから音楽を担当していた人で。この人に『ウテナ』の音楽を作ってもらったんです。そこで決まりましたね、この作品の運命は。

一同:(笑)。

幾原:大反対されたんだよ、俺。「やめてくれ」と。

――音楽のJ.A.シーザーさんに?

幾原:いや、J.A.シーザーさんには僕が頼んだからいいんですよ。周りのスポンサーとかに「絶対やめてくれ」って言われましたよ。「無理だ!はまらない」って。僕は絶対にはまるって言ったんだけど。

さいとう:最初に決闘シーンを見て、あの曲がかかった時は衝撃がありましたね。私はかっこいいと思いましたけど。でも確かに、今までこんなもの見たことも聞いたこともないアニメだなあと思って見てたんだけど、それだけに本当に受けるんだろうかという事だけが私の頭の中をぐるぐる回ってしまいましたね。

幾原:受けてよかったよね(笑)。あの頃、俺も気持ちが入ってたから「絶対みんなに受け入れられるよ!」と思ってたけど、今考えると俺はすごい勇気あったよね。

さいとう:私もそれだけは認めてます。幾原さんはすごく勇気があって、こんな企画よく通したなあって。

一同:(笑)。

幾原:いやあ、周りが偉かったよね。周りもごく一部の人以外は唖然としてたから(笑)。


――それでは、最終回の方にいきたいと思います。



第39話「いつか一緒に輝いて…」オーディオコメンタリーに続く>
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