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「天井桟敷 そして、『少女革命ウテナ』」 幾原邦彦×高取英 対談
- 2008/02/25(Mon) -
幾原邦彦(監督) VS 高取英(劇作家)

ふゅーじょんぷろだくと「演劇誌 キマイラ」 創刊2号より

高取:『少女革命ウテナ』でシーザーの音楽を使いたいと思ったきっかけは何ですか?

幾原:ずっとこういう仕事をしていて、いつかシーザーの音楽を(自分の作品に)かけたいなと思っていたんですけど、これまでは自分で演奏家なり作曲家を指名できるキャリアがなかったので。ここ最近やっとそういうキャリアができたので頼んだんです。
それでも最初はスポンサーやメーカーに、シーザーの起用を反対されました。それで僕自身も一時は(シーザーの起用を)あきらめたんですが、万有引力の舞台「カスパー・ハウザー」での「絶対運命黙示録」を聞いて、これだと思い、強引に押し通したんです。

高取:桟敷(天井桟敷。以下同)は観てたんですよね。

幾原:僕が観ていたのは末期ですよ。ほとんど再演です。僕が観たのは。「レミング」「奴婢訓」。関西で観たんです。

高取:「奴婢訓」はどうでした?

幾原:いや、まあ、衝撃的でしたよ(笑)。観た年齢がよかったですね。十代でしたから。寺山さんのは年くって観たらだめなんですよね。十代の時に観ないと。二十歳超えちゃうと生き方が決まってくるじゃないですか、そろそろ。
そうすると、ああいうのって、お勉強になっちゃうでしょう。十代だと自分がどういうふうに生きていこうかっていうキャリア考えてないんで、何でもモチベーションになるじゃないですか。そういうときって、寺山さんのものってスッと入ってきちゃうんですよ。
だから、もし二十歳過ぎてから観たら、あ、こういうものもあるんだ、で終わったかもしれませんね。

高取:最初が「奴婢訓」だっていうのは非常に幸せなことでね、あれは代表作なんですよ、後期の。僕は桟敷、若い頃から観てるけど、非常に難解でしてね、「奴婢訓」はジャン・ジュネの「女中たち」をモチーフにしていて、難解な中にも、まだわかりやすい部分が残ってる。

幾原:「奴婢訓」にしても「レミング」にしても、わかりやすいなって印象を受けましたね。実は、見るまで(桟敷は)いわゆる前衛劇っていう印象があったんです。そういうのって退屈なイメージがあったんですけど、寺山さんの場合って、わりとサービス精神が旺盛じゃないですか。女の人が裸ダーンと出てきたり、音楽がこう、すごい大音響であったり、お暗転の時は非常灯全部消しちゃうとか。そういう部分で面白かったですね。

高取:僕は十代の終わりぐらいに大阪で観たことがあるんですよ。「青少年のための無人島入門」という作品でね、かわいい美少女がいたり、巨大な電球が出てきたり、鶏の首斬ったりしてね。客席に首のない鶏が逃げて、キャーッと客が……。

幾原:僕が知ってる寺山さんと高取さんが知ってる寺山さんと、やっぱり違うと思うんですよね。最初に高取さんが知った寺山さんというのは、世間的に少しキッチュな扱いだったでしょ。僕の頃っていうのは、かなり文学っぽかったんですよ、(寺山修司に対する)世間の扱いが。
僕が「奴婢訓」とか「レミング」っていうのを初めて観た印象も、まさにそう。キッチュじゃなくて文学。それは僕が十代だったからそう思ったのかもしれないけど。

高取:文学ですか。文学って言うとね、悲しみますよ(笑)。というのは、寺山さんは唐十郎と対談していて、「唐、お前は文学だ、俺は悪いけれど、演劇をやるんだ」といった。もともとは、文学的なことをやっていたんですけどね。

幾原:昔は寺山さんの本は手に入れるのが大変だったけれど、いま文庫本なんかで読んで寺山さんを好きになった女の子にとっては、完全に文学ですよ。

高取:そうですね。寺山さんは文学少年だったから、短歌でデビューだから。

幾原:寺山さんのものって、もちろん、観たときに非常に猥雑な感じがしたし、コマーシャリズムも多かった。ただそのニュアンスよりは文学っぽいニュアンスのほうが強かったですね。

高取:それは、寺山さんの最も本質的なところを見ていたんでしょうね。風俗だのキッチュだの言われて叩かれたりしたけれど、あれは日本の古い形の文壇や、古い形の演劇界が認めなかったにすぎないんです。だから、最先端をいっていたんですよ、文学的には。
高橋和巳なんかとつきあっていた『文藝』の元編集者が「寺山修司を若い頃は、サブカルチャーだと思っていてバカにしていたんだよ。それはちょっと後悔している」と言っていましたね。そういう人も認めざるをえないというところまで行ったんです。で、幾原監督は桟敷を観たときに、同時にシーザーの音楽を聞いているわけだけど。

幾原:ええ、音楽は非常に印象に残りましたね。それで、寺山さんは死んじゃったじゃないですか。そうすると、シーザーを追いかけるしかないわけですよ。万有引力を。85年頃に東京に上京して、2年くらいは万有引力を観ていましたね。正直いって、最初はかなりがっかりしました(笑)。

高取:それは、つまりシーザー色も強いせいもある。桟敷色も引きずっているけれど、寺山さんはいないわけです。詩情と叙情が少ない。寺山さんとは、ちょっと文学性が違うんです。

幾原:いちばん違うと思ったところは、寺山さんの場合、非常にわかりやすいんですよ。テーマにしても何にしても。シーザーの場合は抽象的なんですよ。そういう意味では、僕はシーザーのほうが文学的だと思います。
寺山さんというのは、『書を捨てよ町へ出よう』とか、要するに、キャッチコピーみたいなことを最初にやりはじめた人、コマーシャルっていうことをとても意識していた人で、それが(桟敷の)芝居を、非常にわかりやすくしていた。

高取:観客がどの程度わかるか、計算している。

幾原:そうです。ところが、シーザーの場合は、逆に文学性だけが突出していて、わからん奴はわからんでいいっていう……。

高取:芸術性ということだね。アーティストだからね。つまり、シーザーは、実は小説を読まない人なんですよ。本棚を見ると、哲学書と宗教書と思想書ばっかりで。それをコラージュしたり、ヒントを得ているんですね。したがって、ますます難解になる。

幾原:初めは、面白くないと思ったんですよ、面白くないけれど、仕方がないから追いかけていたんです(笑)。いろんな芝居を観たんですけど、最初の体験が桟敷だったので、あれを超えるものはないんですよ、僕の中で。いまにして思うと、最初の体験がたとえば野田秀樹さんだったら、それはそれでキテたかもしれませんが。
あと、僕の年齢も二十歳を超えちゃうと人生が百八十度変わるようなカルチャーショックもないんですよ。だから桟敷を追体験したいと思いだけで追いかけていたんですね。

高取:演劇は最初に観たものにシビレるという、まあ俗説では、女性は最初の男性を忘れられないというように、最初のというのは強烈みたいですね。

幾原:ハハハ……。いまだに、あれ以上のものはないですね、芝居では。役者もやっぱり、すばらしかった。とにかくみんな上手かったですしね。

高取:月蝕歌劇団は観たことがありますか?

幾原:観たことがあるんです、実は。上京した直後に何本か。すみません、あまりピンとこなかったんですが(笑)。

高取:桟敷にしびれてる人に、比較されるとね(笑)。

幾原:正直いうと、すべてにおいて桟敷が僕の基本だったんです。何観てもだめでしたね、そのときは。だから、シーザーの音楽を使っているとか、ちょっと前衛的なニュアンスを表現していると、桟敷とダブっちゃうので、そうすると、どうしても僕の中で桟敷が勝っちゃうんですよね。こんなこというと怒られちゃうかもしれないけど。桟敷の芝居はエネルギーを感じました。「本気」が入っているって感じがしました。

高取:それでは、「ウテナ」の話にいきますけれど。

幾原:厳しい意見を言ったあとで、いきなりですか(笑)。


高取:幾原さん、キャラクターの土谷瑠果に似てるって言われません?

幾原:よく言われます。あれ自分に似せろって言ったのかもしれませんね(笑)。

高取:「ウテナ」を観ているとですね、瑠果なんて特にそうですけど、負けていく人に対する思い入れがあるんじゃないかっていう気がしたんですが。敗北者に。それは何でですか?

幾原:それは、たわいないことなんです。これまで生きていて、いろんな才能のある人たちを見てきました。僕なんかよりずっと才能のある人たちを。アニメにかぎらず、です。これからこいつはものになるかもしれない、そういう人たちが、何らかの事情で、やめざるをえない状況に陥るのを、数多く目の当たりにしたんです。
そういうのを見るにつけ、次は自分の番だなっていう恐怖感が、絶えず頭から離れませんでした。で、自虐的にそういうシチュエーションのドラマが好きになっちゃったっていうんじゃないでしょうか(笑)。

高取:そういう消えていった人たちに思い入れはあったんですか?才能あったのに残念だとか?

幾原:というより、むしろ逆だと思うんですよ。本当のことをいうと、ある種のいやがらせなのかなって気がしますね。引いちゃった人たちに対して。引いていく人たちって、どっかナルシズムで自分のアイデンティティを保っているように見えたんです。だから、引いていく人間のナルシズムを笑ってやろうという、僕の悪意なんです。
残ったやつが正義だというのが僕の中では強い。「引くイコール死」という意識が僕の中では、常にあったと思う。才能があるとかないではなくて、引くか引かないか、やるかやらないかでしかない、という。

高取:それはおっしゃるとおりです。つまり、持続したやつが勝つんです。どんなに才能があっても、あきらめてどこかに行ってしまえば、それはただの人です。

幾原:たぶん、自分に言い聞かせている部分が大きいんでしょう。やせ我慢的に(笑)。

高取:なるほど、蔑みといましめが入っている。

幾原:ちょっとアンビヴァレンツが入っているんです。次は自分の番かもしれないっていう恐怖感、それと、そうなったやつらを笑ってやれっていう。

高取:現在勝者であって、消えていった人を勝者の目で見ることもできるし、自分もいつか、ひょっとしたらという恐怖感もあるということですね。ついでにもうひとつ聞いておきたいんですが、「世界の果て」はどこからきたんですか。

幾原:寺山修司の「レミング」に出てくるのをとったんです。「世界の果て」という言葉には、ユートピアという解釈もあるけれど、“あきらめ”みたいな意味合いも含めています。

高取:寺山修司の最後の詩に、「世界の涯てが自分自身の夢のなかにしかないことを知っていた」とあって、寺山さんは死を覚悟して書いているので、あきらめの意味で使っているともいえますね。
ほかに幾原さんが影響を受けたものはありますか?たとえばマンガは何が好きだったんです?

幾原:僕が子供の頃、最初に意識して読んだ作品っていうのは、たぶん『がきデカ』です。山上たつひこさんの。

高取:それ僕、大学生の頃だ。

幾原:僕は小学生でしたね。あと『ど根性ガエル』とか『トイレット博士』とか。

高取:ギャグ系が好きなんですね。

幾原:好きでしたね、ギャグが。

高取:ストーリー系は読まなかったんですか?

幾原:ストーリーマンガは一回読んじゃうと、おしまいだと思っていたんですよ。ギャグマンガは何回読んでも、そこにおかしい絵があるじゃないですか。ストーリーマンガよりはお得な感じが(笑)。そういう意味でギャグマンガのほうが好きでした。

高取:映画は?

幾原:「ゴジラ」から東映マンガ祭り、普通ですね。

高取:子供はみんな「ゴジラ」が好きですね。僕もゴジラマニアです。

幾原:映画館で「ゴジラ」を観るというのがうれしかったですね。あとは、「仮面ライダー」「ウルトラマン」。僕の世代の人はみんなあのへんが好きですね。

高取:少女マンガは?

幾原:少女マンガで初めて読んだのは、萩尾望都さんの『トーマの心臓』ですね。あれ読んで気分悪くなって吐いたことがありますよ。たしか小学校五年生のときでしたね。女の子とマンガの貸し借りをしていて、僕が『がきデカ』か『トイレット博士』を貸したんですよ(笑)。
女の子の方が『トーマの心臓』を貸してくれたんです。タイトルを聞いただけで、ホラー物だと思ったんですよ。漢字で「心臓」って書いてあるでしょう。それで、かなり動揺したんですけど、内容が難しくて。コマ割りがはっきりしてなくて、なんだこれはと……。

高取:ああ、ギャグ系が好きだったからだ。僕も女の子と『少年サンデー』と『マーガレット』を交換していた。その頃は水野英子の『セシリア』が人気でした。

幾原:小学生の頃、唯一読んでいた少女マンガは弓月光さんでしたね。あれは読みやすかった。


高取:話を「ウテナ」に戻すと、戦う女の子というのはどのへんから?

幾原:普通の女の子が出てきて、お姫様になりたいという話でもいいんだけど、「セーラームーン」以降を考えると、視聴者にとって女の子が暴力を振るうというのが快楽になっているから、つまり女の子がいかなる方法を使って鉄拳を振るうかというのをコマーシャリズムの中で見せるというのが命題だと思っていたので、王子様にして剣を振りまわすといったことを考えたんです。

高取:寺山さんが羽仁進とやった「初恋・地獄篇」という映画に「女斗美」というのが出てくるでしょう。女が戦うのを「女斗美」というんですよ。女子プロレスがいまほどメジャーでない時代に戦うんです。早くに取り入れているんですね。
それは、要するに男がスケベ心で見るんですけど、風俗のアンダーグラウンドのジャンルとしてあったんです。もちろん、「セーラームーン」や「ウテナ」の世界とは違うんだけれど、どこかでそういうものを見て喜ぶ人がいるということでつながっているんですよ。

幾原:僕は「セーラームーン」以降は、女の子が正義の鉄拳を振るうっていうヴィジュアルそのものが、快楽として女の子たちに認識されたと思っています。つまり、女の子が刀を振りまわすとかいうのは昔からあったんですけど、飛び蹴りを食らわすときにパンツがちょっと見えたりして、それはあくまでボンドガールを主役にしたらいいだろうっていう、男の人の発想だったんです。
でも、「セーラームーン」以降は、女の人も気に食わないことがあったら、飛び蹴りを食らわしていいんだとか、そういうことが女の子の視聴者にも快楽として認識された。だから企画する立場としては「セーラームーン」以前の発想には立ち戻れないんです。いまでも昔の少女物のリメイクがありますけど、時代が違うっていうか、女の子が暴力を振るうといった鋭いものがないと、女の子は気持ちがいいと思わないんですよ。

高取:なるほどね、つまり「009」も「ゴレンジャー」も、女性は男装して戦うんですよ。そういうふうに、男装して戦うんじゃなく、セーラー服を着て女の子として戦うところが新しい。全共闘時代に、女高生はセーラー服でつっこませろといって僕は活動家にバカにされたんですが。戦うのは男で、女が家を守っているという戦前の考えがくずれた。僕の「聖ミカエラ学園漂流記」もそこからきている。

幾原:「セーラームーン」の場合、自分がやってて言うのも何ですけど、子供たちや女の子たちにウケていたのは恋愛描写のニュアンスではなく、あくまで主人公が必殺技を使って、バッタバッタと敵を倒すという部分だったんですよね。

高取:ただ、男が戦って、女が貞淑であるという考え方は明治以降なんですね。江戸時代は違うんです。それがいま戻りつつある。
話を「ウテナ」にもっていくと(笑)、アンシーが快楽主義的で、快楽主義的な女の子がどんどん増えているんですよ。だから、援助交際の女の子とか、すごくみんな、えーとか言うけれど、実は江戸時代は長屋のおかみさんは長屋の人、全部やってたっていう非常にフリーな時代だったんです。そういう意味では、戦う女の子であるウテナと快楽主義的なアンシー、ふたりがセットになっているっていうことは、非常に画期的なことなんですよ。
ところで、アンシー像はどういう感じですか?

幾原:これはあんまりいうと、みっともないですが、単純に母親です。

高取:本当!?

幾原:いや、うちの母親っていうんじゃなくて、イメージの中での母親、母性ですね。
現実に対して基本的に従順ではあるんですけど、実はその現実に対してかなり恨みがましいのではないかというのが僕の母親のイメージ。望んで苦労していると自覚しているはずなんだけど、それをさせているのは実は男性じゃないかっていう憤りを抱えている。
その男性の望みをかなえさせてやろうっていう健気なところが多分にあるんだけど、だが実は彼女の内面では……という。その健気さやかわいそうさを救ってやれるほどの男性、父性、王子様はこの世界にはいないっていうのを描くためのキャラ。

高取:戦後、日本のフロイトともいわれた高橋鐵という人がいたんですけど、その人は、昼は貞女、夜は娼婦という二面性をもっている人が、理想的なる良妻賢母像だと言っていますね。
さて、そろそろ映画「ウテナ」についてですが、公開日は?

幾原:七月の最終土曜日くらいになりそうです。タイトルは「ウテナ」ですが、キャラクターデザインはすべて変えています。過去設定も全部。ウテナと冬芽は恋人同士で、いまは別れてしまったという設定だったり。

高取:最大の敵は誰なんですか?

幾原:これはね、秘密なんです(笑)。ラスト15分で、かなりすごいことになります。自分で言うのも何だけど、かつてない表現です。あと、今回ちょっとだけ本気で、泣けるものを狙ってます。いつもどおり、抽象的な部分もあるんですけど、やっぱりわざわざお金を払って観にきてもらうので、多少は泣けたとか言われないと申し訳ないんで、サービスしてますね。

高取:すごいですね、大阪人ですね(笑)。
では、あとひとつ、ディオスについてお伺いしたいのですが。

幾原:ディオスは暁生の純潔の結晶なんです。

高取:ディオスは少年ですね。

幾原:そうです。暁生はディオスが大人になった姿なわけですが、暁生は大人になるときディオスを殺したんです。いや、殺したというより、眠らせたと解釈してます。彼の心の中で。
暁生は、大人になるってことは、何事もあきらめて生きることだと思っている。でも、姿は大人になった今でも、自分の本質は純潔であるはずだという夢を見ている。そういう夢(ディオスが自分の中で眠っているという夢)がないと、彼は生きていけないんです。
よくいるでしょ、「実はギタリストになりたかったんだけど、親が体が弱かったんで家業を継いだ」なんて言うやつが(笑)。そういうやつなんです、暁生って。結局、瑠果の扱いと同じですね(笑)。

高取:いや、今日は十分すぎるくらいのお話を聞きました。ありがとうございました。

(99年4月14日)
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