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ビーパパスの看護婦さん役 さいとうちほインタビュー
- 2008/05/11(Sun) -
さいとうちほ (原案・漫画) インタビュー
ソニー・マガジンズ 「薔薇の全貌」 袋とじインタビューより

――壮大で華麗な少女まんがを発表し続けているさいとう先生ですが、やはり昔からこういった物語がお好きだったんですか?

さいとう:そうですね。でもこの路線になったのは後からで、小さい頃は『鉄人28号』とかの絵を描いてました。なんかスゴイ得意でしたね(笑)。

――少年まんがとかお好きだったんですか?

さいとう:うん、何でもOK。読んでいるまんがに影響されてしまって、『サインはV』を読めばスポ根もののストーリーを考え出しては止まんなくなっていました(笑)。

――すぐにまんがの主人公と自分をだぶらせてしまう方だったとか!?

さいとう:それはちょっと違っていて、作品を観て泣いたりするんだけど受けた感動を自分なりに表現していたっていう…。

――子供の頃から作り手の考え方ですね。では今のロマンチック路線になったきっかけは?

さいとう:中学から高校にかけてスゴイ映画マニアだったんです。その辺ですね。

――やはり壮大な大河ロマンものでしょうか?

さいとう:ううん。映画史にちょっとでも名前が出てくる作品か、監督のものだったら何でも観るっていう…1930年代から50年代にかけてのものが好きで。

――例えばその中のひとつで印象に残っているタイトルは?

さいとう:中学1年のときに『ウエストサイド物語』でカルチャーショックを受けて、1年ぐらいの間ずっとそのことを考えていました(笑)。当時は1度しか観れなくて。だから、ずーっと後引いちゃって、授業中とかも黒板見てるとそこがスクリーンになっちゃう(笑)。1回観ただけなのに、頭で再上映して。ずっと記憶をとっておきたくて…。

――よほどインパクトがあったんですね。覚えているワンシーンを描いてみたりとかは?

さいとう:写真を見て描きました。とにかく忘れたくなかったから。だって自分で脚本書いて、どういう流れだったか覚えておこうとしたり…。

――絵を描けて、話も作れるならまんがなども?

さいとう:まんがって程じゃないですけど、何か描いてたかな!?
実はこの経験というのが、結構今に生きていて。1つの作品にすごく入れ込んで分析して、そしてその中でまた再構築をして話を作る。これって今の私のやり方の原形なんですよ。

――他にそうやって夢中になった作品はありますか?

さいとう:高校1年のときにR・レスター監督の『三銃士』。これがまた気に入っちゃって。それは22回映画館で観ました。

――それはまたもの凄い(笑)。

さいとう:『三銃士』を追っかけて、どこかの名画座でかかると1人でお弁当作って行き、それをテープレコーダーに録っては、また家で1日中聞いて(笑)。

――どの辺りに感銘を受けたんでしょうね?

さいとう:そうですねぇ、んー、何だったのかな。『三銃士』って心正しき騎士ってイメージがあったんですが…観てみたら全然そんなことなくて。忠誠心より、お金だったりプライドだったり、あっちでもこっちでも不倫してるし。それが妙に明るくて。そこがすごく楽しかったんですよ。でもなんであんなに入れ込んだのか、今観るとよくわかんないですね。

――やはりビジュアル的なところに惹かれたのでは?

さいとう:うん、それはある。衣裳が当時のものに忠実に再現されていて。変にピラピラしていなくてシックで機能的で、どうしてこうなっているかってわかるように着くずしたりしていて。作品全体にきれい事でないリアリティを感じたんですね。

――さいとう先生の作品でも、中世を舞台にしているものがいくつかありますよね。やはり『三銃士』などの映画が影響しているとか?

さいとう:そうだね。あと「宝塚」もかなり入ってる。最初はテレビで『ベルサイユのばら』の公演を観たんだけど、劇中のオスカルとアンドレの結ばれるシーンって、ただポーズをとるだけで表現してある。それをオスカルとアンドレ役のスターさんが、ちゃんとセックスを連想させる、洗練されて色っぽいダンスを踊るわけ。そういう方法での見せ方って私にはとても新鮮なものだったから。
「ダンスってこんなに色っぽいものにもなるんだなぁ」と感心してしまって。そこから「宝塚」に目覚めたんだよね。みんな女性とはわかっているけど、それを越えたセクシーさがある。そこが好きなのね。

――その辺りの原体験というのは、今の作品にも入っていますね。

さいとう:なんかね、色っぽいことに貢献しようと思って(笑)。自分でそれを表現したり、作る側になりたいって気持ちが湧いてきちゃって。

――その頃観たものがすべて創作活動に役立っている様ですね。

さいとう:そうですねぇ、今頃投資した分が戻ってきた感じ(笑)。やっぱり子供時代の何も無いころに一生懸命に観ていたから、残っちゃっているんだと。当時は今みたいに便利じゃないから、録画して観るわけにもいかないし逆に良かったのかもしれませんね。自分のものになったというか…自分の記憶に残すしかなかったから。

――今はネットなんかで情報見れちゃいますからね。すべてにおいて手薄になってしまうような気がしますね。

さいとう:私の頃はモノでも何でも強烈に飢えていたからねぇ。

――本格的にまんがを描きだしたのはいつ頃からなんですか?

さいとう:中学生のときです。

――好きだったまんが家さんは?

さいとう:細川智栄子先生の大河ドラマ、木原敏江先生の悲しいストーリーなどに泣きまくった。あとやっぱり萩尾望都先生、竹宮恵子先生ですね。

――同級生なんかも同様に?

さいとう:うん、娯楽の少ないときだしみんなも読んでいました。でも私って早く独り立ちしたい子供だったのね。で、とにかく「まんが家になってやる」って決め込んでいた。だから何でも吸収したいという気持ちで読んでいた。

――将来を見据えて行動しているのに対して、周囲と少し違うような気持ちになったりとかは?

さいとう:うーん、そういうウジウジってあんまり考えなかった。とにかく私は大人になって、お金儲けて(笑)、好きなことするんだって思ってましたから。子供でいることがすごくイヤだった。両親とか先生にも反抗しなかったですね。もう関係ないというか…。

――随分と肝が据わっていますね。ひたすら前向きですね。

さいとう:まんが家っていうのも結構変な理由で。子供なもんで早く自立できる職種を考えたら、これしか思いつかなくて(笑)。他にもいろんな仕事があるのに。「まんが家になろう!」と思ってから割とそれ一直線できちゃったという…なんだかシンプルな生き方をしてしまいました。

――デビューして何年になるのですか?

さいとう:17年になります。最初は『少女コミック』で描いていました。

――やはり映画と『宝塚』で培ったものが盛り込まれていたんですか?

さいとう:いや、『少女コミック』ですからねぇ。もう普通の学園もの。でも描かないわけにいかなかったので、自分なりに色っぽいシーンをいっぱい入れて何とかしていた。でもイヤでしたね(笑)。早く自分の表現したい世界を描きたくて。


――今現在はドラマチックな物語が多いのですが、それを描くまでの経緯は?

さいとう:『宝塚』の影響が強いときだったんで、ちょっとセクシーな要素が入っているものがやりたいと思っていて。その頃は普通のラブコメが全盛だったから、女性が描くセクシーなものってレディースしかなかった。そこで「少女まんがから外れない程度にセクシーなものを上品にやろう!」という発想に至ったんだよね。なんか、そういうの誰もやってないからすき間だなぁと思って(笑)。しばらくそんな感じで学園ものを描いていました。でもそのうち現代物だと物足りなくなってきちゃって。

――やっぱり中世っぽいものへの想いが…。

さいとう:そうですね。コスチュームなど派手なものをバンバン描きたいなぁって。やっぱり誰も描いてなかったジャンルで。そして勝負してみたら出来ちゃった。そこからこの路線になったんでしょうね。

――さいとう先生の作品の殆どにはドレスが登場しますよね。

さいとう:私、幼稚園のときから中学1年までバレエをやってたんですよ。そこでやっぱりドレスみたいなもの着ていたから。だからそういうフワフワ~っていう感じの衣装が好きなんだと思う。

――なんだか『ウテナ』のお話に繋がりそうですね。最初、幾原さんがさいとう先生へキャラクターを依頼されたとき、やっぱり衣装の辺りからお話が来たんですか?

さいとう:うん、「中世っぽいコスチュームでお願いします」って言われたんだよね。「嬉しい」とか思って、やる気になっちゃいましたね。…でも、それって実は“エサ”だったんですよ。

――さいとう先生に描いてもらうための策?

さいとう:そう(笑)。後に幾原さんや小黒さんから聞いた話なんだけど、とにかく仕事を受けて欲しかったんで、私の好きそうなものを、でっち上げたみたいなんですよ(笑)。人を陥れるって程じゃないんだけど、なんかそれに凝っていた時期らしくて(笑)。いろいろ計画していたみたいなんですけどね。それに、私はまんまと…(笑)。

――それは何が何でもこの企画にさいとう先生の絵が必要だったんだと。幾原さんは確か、さいとう先生が表紙のコミック誌を書店で見かけホレ込んだんですよね。それは何という雑誌だったんですか?

さいとう:最初は『プチコミック』の表紙だったみたい。幾原さんはビジュアルから入る人みたいで、何かピンと来るものがあったみたいなんですけど。その絵っていうのが、極めて裸っぽい超ロマンチックラブシーン(笑)。私が先程の話にあった「セクシーな感じを上品に表現しよう」という試みをしていたときです。それに幾原さんが引っ掛かってくれたという(笑)。

――初めからアニメの企画としてお話が来たんですか?

さいとう:いや、ゲームの企画ということでした。ただ彼らの目的はアニメにすることだったんで、私の描いたキャラを持ってアニメ企画としてあちこち回ったみたい。

――その初めに出来たカラーの企画書というのは、いつ頃出来たんでしょう?

さいとう:'95年の6月ぐらいだったと思う。最初、幾原さんと小黒さんがお願いに来て、その場で承諾して。次に幾原さんが長谷川さんを連れてきて、ちょっとキャラを描いて。で、もういちど打ち合わせしたんだっけ、そのぐらいの期間で最初のは出来ちゃった。その頃は幾原さんもまだ遠慮していて、ちょっと要望を言うぐらいだったんですけど、いざアニメやまんがになると決まった時点から、もう激しくやり取りが始まって…。「こんなにしつこく要求されるのか?」ってぐらい、いろいろ言われましたね。

――具体的に言うと、どういったところが要求されたんですか?

さいとう:やっぱりウテナとアンシー。ともかくグッとくるまで。私はその、グッとというのがよく解らなくて。「単にデザイン的なことを言われてるのかな」と思い、いろいろ出したんだけど「そうじゃないんだ」の連呼で、描いても描いても納得してくれなくて…。もう、泣いたこともありましたね(笑)。

――相当主役にはこだわっていたようですね。

さいとう:幾原さんが求めていたのは「あっ、かわいい!」って煩悩を刺激させる絵だったのね。その絵から受けるインパクトでイメージを膨らませたかったみたい。「だったら先に言ってよ」って感じ(笑)。もの凄く考えちゃいましたから。
いったんインパクト受けてからはスカートは短くなるし、最初は普通の学ランだったのにズボンがどんどん短くなってきちゃって。

――ウテナって、普通にズボン長かったんですか?

さいとう:初めだけは…。その頃幾原さん『~セーラームーン』をやっていて、夜中にFAXを送ってくるの。「こういう風にしてくれ」やら「『幻魔大戦』みたいな制服はどうか?」といった具合で。そんなやり取りを延々していました。デザインの変更は幾原さんが主導でやっていった感じですね。

――じゃあ、幾原さんの感性がOKになるまで描き続けたわけですね。

さいとう:私は女だから、学ランにショートパンツという発想がよくわからなかった。最初に聞いたときは「なんてエッチなこと考えるんだろう」って。で、言われた通り描いてみたら結構かわいい(笑)。なんか、そのググッと具合は幾原さんに教えてもらった感じです。キャラのディティールなんかを詰めていくうちに、上着の割れ目具合や、そこからチラっとのぞくオシリの見え具合まで気にするんですよ、男の人って(笑)。
「バストトップの位置がココだから、ココの位置にボタンが欲しい」とか(笑)。
如何にハダカを想像させる服を作るかっていうところに、もの凄く神経使っているのがわかりましたね。ショートパンツの丈にしても、微妙にあるらしいし(笑)。絵描きとして勉強になりましたね。

――やっぱり潜在的なセクシャリティって、メジャーになる要素のひとつですからね。

さいとう:新たな発見でした。私、少女まんが家なのに女の子をおざなりに描いてる部分があって。絵的に適当とかではなくて、追及していなかったという感じ。女の子の持つキレイさとか色っぽさ、そこへの意識が変わりましたね。割と体なんかはグラマーに描くようになりましたね。愛情込めているし。男の人の絵でググってくるとことはプロなんですけどねぇ(笑)。

――性の違いというところで、双方同じようなことを言ってるのかもしれませんね。

さいとう:両方から見られるようになって良かったなって思います。


――それでは『ウテナ』の原作まんがの部分についていろいろ聞かせてください。まず、まんが連載開始の流れというのは?

さいとう:この辺は予想もつかない大変な作業でした。
まず始めに小学館にお話を持っていったんですよ。最初の企画段階では、今の『ウテナ』よりもっと低年齢向けの『~セーラームーン』っぽいものだったので。総合的な判断の結果「ちゃお」でやってみようということに…。私って「ちゃお」初お目見えだったんですね。「ちゃお読者にアピールという点からも、まず載せてみましょう」ってことで、『薔薇の刻印』という読み切りを描いたんです。
アニメの脚本は7話ぐらいまで出来ていたのかなぁ。とにかく設定が整っていないにもかかわらずパッと描いちゃった。だから後に榎戸さんが『薔薇の刻印』の設定をアレンジして入れてくれたりして。
それから始まった連載『少女革命ウテナ』の方も同様の問題にぶつかっちゃって、始めから「どうなるんだろう、これ」みたいな感じでした。

――それは『ウテナ』のその後の展開が見えていないという点でしょうか?

さいとう:そう。第1回目はまだ脚本通りでいいんだけど、次が無いっていうか…。テレビアニメの脚本っていうのは、最初にまず世界観がわかる基本の話が来て、その後何話かは本筋と関係ないエピソードとかで。結局、ストーリーは殆ど進んでないってことになるんです。
それとは違い毎回、筋を追っていくのがまんがだから。そういうところで、どう進めていいのかわからなくなっちゃって。幾原さんや榎戸さんに「この話はどういう話なのか?」って何度か聞いて教えてもらったんだけど、いまいちまだ混沌としていて…。ビーパパスのメンバーに集まってもらってアイデアを出してもらったりしたんですけど、そのうちそんな暇も無くなってきちゃって。で、もう途中から「まんがはさいとう先生に任せますので、好きに描いてください」と言われて「好きにやります」ってことになりました(笑)。

――でも、キャラの関係なんかで後の展開を考えると接近してはいけないとか、作品の肝に触れてしまう危険などがありそうですよね。

さいとう:だからそこが難しくて、アニメで決定していないところがまんがでは必須な要素だったりするし、「ここ触っちゃいけない」「そこは本筋がバレてしまうからダメ」ばかりだったから、話を進めるのが大変でした。しかも「ちゃお」だから小さい子に解る話にしないといけなかったんで。

――制約が多いですね。

さいとう:テーマとかもバーンと出すわけにもいかず。この話のテーマって「女の子は自分の足で歩け」って言ってるようなもんですから、「王子様はいない」「男に頼るな」話ですからね。それを「ちゃお」の読者に向けて提示するのは、私のまんが家としての部分でちょっと違うなーって。「小さい子にそんなこと言っていいのかな」っていう思いがあってね。
もう少し大きくなってからならいいんだけど、小学生の頃なんて、どうやったってひとりじゃ生きていけないじゃないですか。どうしても親とか何かに依存しなくてはいけない存在に向かって「人に頼るな」なんて言えない。「王子様はいないから自分で歩け」…やっぱり小学校低学年に言っちゃいけないんじゃないかと。
だから『ウテナ』の根本的なテーマを無視して描かざるを得なかったんですよね。それが辛くて。でもここを外しちゃうと、アニメ版で言わんとしていることが、まんが版だと別のものになってしまう…。だから、私的には成功しているとは思えないんですよね。あまりにも辛くて読み返せない…。

――創作ってある程度の縛りは必要だと思いますが、ちょっとがんじがらめな気がしますね。

さいとう:だから今回の『~アドゥレセンス黙示録』は描きやすかったですね。自分なりに「ここは強調して削って」という感じで進めていける。大人っぽくしても大丈夫だし。
やっぱりねぇ、アンシーが「薔薇の花嫁」で、花嫁になったら何をするか、ここがいちばんおいしい部分なのに「ちゃお」では描けないですからね。

――教育上いちばんいけない部分ですから。

さいとう:そこをごまかしながら、触れないように作っていったんだけど。私の中ではめちゃくちゃ不自然だったからなぁ。幾原さんは監督だし脚本も理解していたから「アニメの放映があるからまだ描かないでほしい」と考えていて、私にはあえて明かさずに『ウテナ』をコントロールしていた時期があったと思うのね。私はその辺のからくりがわからなくて、榎戸さんに説明聞いて何とか描いても、アニメの放映観るとたわけわからーん! の繰り返し。

――口でいくら説明されても…というところですよね。演出は途中から凄いものがありましたが、その辺はどうだったんですか?

さいとう:第3部「鳳 暁生編」の「二人の永遠黙示録」でしたっけ?あれ観たときはさすがにびっくり(笑)。

――かなりきていましたね。他に印象に残っている演出などありますか?

さいとう:“胸はだけ”なんかも、「どういう意味があるの?」っていつも聞いてみたんだけど、解るような解らないような答えでしたね。

――今となっては理解出来ました?

さいとう:要するに“大人”ってことを表現したかったんでしょう。暁生で云うなら生徒から見たら、いかに“大人”であるかということ。冬芽や西園寺なら一般生徒より“大人”であると思い込んでいるところとか。それを茶化して表現していたわけですよね。
そして所詮あの程度で“自分は大人”だと信じている人っていうのかな。

――なんだか最終回に通じる話ですね。

さいとう:まぁ、私は女だから男の人ってああいうポジションにいる人物は、いつまでもカッコ良く男の美学を貫いていてほしいとは思うんですが。『ウテナ』では、そういう大人っぽくしている人物のイカサマ性とか薄っぺらな部分を言いたかったんだと思う。
それを入れようとわざわざ演出で“胸はだけ=大人ぶっている”をやっていたんじゃないでしょうか?最初は暁生が何故あんなことをするのかが、わからなかったけど。まぁ…今となっては「暁生はあの程度の“大人”だったんだな、それはそれで良し」という感じですねぇ。

――アニメ版のようなシュールさは求められなかったんですか?

さいとう:そこは要求されなかったし、あれは画面で観るからこそおもしろい演出法でしょ。シュールを追求するまんがならやる意味もあるけど…。先程言ったように、私は男の人はカッコ良く描きたいのね。やっぱりプロとして、そういう部分を外しては成り立たなくって。
読者の女の子が何を夢見て憧れて、話を読み進めていくのかを考えてまんがを描くわけだから。やっぱりアニメ版の暁生や冬芽って、女が夢見る“カッコイイ”とがチョット違う(笑)。

――カッコ良く描こう、という意志は感じられましたが、それで女性がときめくかって云ったら?な描き方なのかもしれませんね。

さいとう:でも、やっぱり男の人の作り手としては、女性の支持を得るためだけの表現をしたくなかったんだと思う。ウソつきたくなかったんだと思う。そこは認めてあげたい、立派だ…。だからもうアニメは彼らのもの。まんがは私のもの。「自分は自分でいきます」って気持ちでやっちゃってましたね。


――どの辺りに御自身を入れてたのですか?

さいとう:私としては暁生にカッコ良くなってもらおうと(笑)。そこに魂入れようとしたんですけど。だからアニメ版とは別人になっちゃった。暁生がウテナを誘惑するところなんかは好きに描きましたね。セリフなども自分なりに換えたりして。
ただ、どうしてもウテナとアンシーだけは掴みきれなかった。やっぱりアニメの方だとウテナとアンシーのレズっぽいところが肝になっているじゃないですか。なんか私はいまいち興味が持てなくて…。「アンシーのキャラってこうだったんだなぁ…」っていうのが決定するまで、すごく時間がかかったこともあったし。

――アンシーはさいとう先生の作品には登場しないタイプですよね。

さいとう:『~アドゥレセンス黙示録』のアンシーなら娼婦的に描けるんで掴みやすかったんですけどね。テレビ版のアニメでは、“内面描写”を極力避けていたから、アンシーが何を考えているのかが解らなくて。だから泣かせてみたり、かわいそうにしてみたりと、気持ちが近づけるようにやってはみたんだよね。でも、なんかかわいそうな感じにならない。こう、開き直ってドーンみたいなところがあるキャラだから。本心の悩んでいる部分は描いちゃダメだったからね。

――ウテナも少女まんがの主人公にしては、悩みが少ないですよね。

さいとう:そうだね。「ウテナが悩まないと読者が感情移入出来ない」って担当さんに言われましたね。ウテナはアンシーのために“いちばん悩む”っていうポジションなんだけど、その“いちばん悩む”ほどアンシーはウテナに何かしたんだろうか? ずっとそんな感じで、描いている私自身も迷っていましたね。

――避けられないところですよね。『ウテナ』の物語って最後までそこだったんで。

さいとう:仕方ないから、また自分なりにアレンジして。冬芽を少しウテナに恋する男ってポジションに置いて。それって、やっぱり読者の女の子への快楽を味合わせてあげなくてはいけない、というところなんだよね。ラストのウテナはアンシーのためにいなくなるんだけど、じゃあウテナ自身の快楽ってどこにあるんだろう?って。
ラストは誰からも愛されず消えちゃうんじゃ、かわいそうな主人公で話が終わっちゃう。もちろん最後にアンシーがウテナを大事に思うところで一挙に救いがやってくる。「だから最後まで待て」って構造になっている。
私もすぐに解決がやってくる読み切りなんかでは、その手法はよく使うんだけど。連載ではキツイんです。癒しを待ちきれない読者は必ず離れていってしまう。私もプロ生活長いですから、そういうことで連載中止という辛い目にしょっちゅう合ってますから。それだけは避けたかった。だから冬芽を少しイイ男の位置に変えてシビアな面を少し減らそうとしたわけです。

――そこに関してはもう「ちゃお」の方針に近いんですか。

さいとう:というより、もう自分の方針ですね…。『ウテナ』の話の創り自体が女の子にあんまり快楽を与えない構造になっちゃっていたから、それでちょっとケンカしたんだよね(笑)。幾原さんに「あまりにも女の子を無視している」って。でも解決しなくて…。もう、そこからは自分なりに少しでも女の子に快楽を与えられるような方向に軌道修正しつつ、ラストまで持っていったんだよね。でも、その辺りってちょっとフクザツな思いもあったりしますね。

――男性が考えた女の子の話ですから、どうしても考え方の相違が出てしまうものなのかも!?

さいとう:まぁ、これがまったく逆の立場だったら、女の制作者が男の子2人がラブラブ~!みたいになるのかも(笑)。やっぱりディティールに凝りまくりで。そう考えると無理ないか(笑)。

――描いていて楽しかった部分は?

さいとう:ビジュアル的に私好みなんで、描いていて気持ち良かった。

――原作付きのまんがを描くのは『ウテナ』が初めてですか?

さいとう:いや、そんなことないですよ。月に何本も描いてるから、話創るのがめんどくさくて(笑)。人が考えてくれるなんて、こんなにラクなことは無い!とか思っているから。原作付きで全然構わない。ただ、あんまり感性が違っている人だと付いていけない部分が出てきてしまうから。共感し合って描けないのは作業的にも作品のクオリティ的にもよくない結果になるし。
幾原さんや榎戸さんとは割と考え方が共通したから、その辺は大丈夫だったんですけどね。…まぁ、それでもどこか上手くいかないことが、起きてしまうものなんだな、と(笑)。


――やはりどこか作り手として、少し思うところがあるのでしょうか。

さいとう:私個人としては‘ひとりで生きていかないとダメだよね’っていつも思っている。だから『ウテナ』のテーマって私的にはOKなんだけど、まんが家として読者が満足いくようなものを提供しなくてはいけないという立場に立ったとき、やっぱり対立が起きてしまう。読者対象さえ違えば、そんなに問題も無かったのかも…。低年齢層向け少女まんがは「あなたはそのままで愛されるんだよ。いつかは王子様が現れて、助けてくれて、快楽を与えてくれるんだよ」っていう癒しと肯定だから。
『ウテナ』の世界では本質的に全然違うことを言っていて、大人になってから社会の切り捨てを分かっている人が共感できるテーマなんだよね。だからその辺が上手に消化できなかった、という思いがありますね。

――ご自身の信条とまんが家としての信念があったんですね。

さいとう:私10歳ぐらいのとき「自分で仕事が出来れば、ちゃんとひとりで生きていける」って思っていた。でも、その頃にそんなこと考える子供なんて周りにいないし。だから、そういうことを話す人がいなくて、妙に大人っぽい頭になっちゃって…。
あんまり子供らしくないというのも、よくないことが一杯あるからねぇ。だから余計に子供を突き放したテーマは出来ないな、と思うんですよ。

――諸々に気を使いながら、毎月まんが連載をこなしていくのは大変な作業ですね。でもやはり企画の受け入れ側でもある「ちゃお」からの要望も当然ながらあったんですよね。

さいとう:うーん、どうしようだったみたいだよねぇ…。4人も変わったの、担当さんが。…いろいろな事情で仕方なかったんだけど。その度に各担当さんは『ウテナ』を理解するのに苦労して悩んでいて。私は毎回『ウテナ』の説明しなくちゃいけなくて、すごい大変だったよね(笑)。
「ちゃお」はこういう方向だからって何度も説明受けて、「話変えませんか」という相談も受けたりもしたんだけど…あれが限界って感じですね。

――ビーパパスと「ちゃお」の合意点を見つけて、描かなくてはいけないわけですからね。

さいとう:そうですね。私が小学館で描いているということで、この企画の連載をするなら「ちゃお」がいいのでは? って話を持ち込んじゃったから。私が「ちゃお」的にやらなきゃいけない立場だったんだけど。もう、ほんとに「ちゃお」の編集部には申し訳なかったんだけど、私はビーパパス側についてしまったのね。
幾原さんが企画を私に持ってきて、それを私が「ちゃお」持っていったという形のものだし。私はどうしてもアニメの方を大事にしたかったから「ちゃお」の言うことが、あんまり聞けない感じになっていた。
いつも思っていたことは、基本的に私は『ウテナ』の企画に後から参加させていただいて、自分のまんがというよりは、あくまでもアニメをフォローをする立場に立てればいいなという…。
「補佐役って感じで動くから」って『ウテナ』にはいつも思っているんですよね。


(1999年4月5日 国分寺にて)
 
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