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ビーパパスの自分がいちばん次男役 榎戸洋司インタビュー
- 2008/05/11(Sun) -
榎戸洋司(シリーズ構成) インタビュー
ソニー・マガジンズ 「薔薇の全貌」 袋とじインタビューより

――子供時代のことをお聞きします。ご自身はどんな子供だったと思われますか。

榎戸:普通の子供でしたね。辺境の学校に通いながら将来はジェダイの騎士になることを夢見ていました(笑)。

――このアニメキャラにハマッたというのはありましたか?

榎戸:ないですね。もちろん好きなキャラクターとかはいましたけれど、いわゆる、ハマる、というのはどうやらそれとは違うということに最近になって気づきました。アイドルとかスポーツ選手も含めて、特定のキャラにハマったことはないようです。情緒的になにか欠落しているのだろうか(笑)。

――では好きなキャラクターは?幾原さんは松本零士のキャラだとおっしゃっていますが。

榎戸:うそっぽいなあ。いや、松本零士さんのキャラは好きですが。ただ『ハーロック』とか、当時はまだその魅力の本質には気づいてなかったな。
宇宙海賊という生き様を表現するために、マゾーンとか地球のブタとか言ったものが何を指しているのかは深く考えなかった。
こういう仕事をするようになってから、そうしたキャラクターは何かの置き換え、いわゆる「見立て」だと気づきました。そういうのは作品設定をつくる上での参考になりました。当時は「アルカディア号がかっこいい」とか思って見てただけだった。いや、そういう見方の方が正しいのかもしれないけど。

――感銘を受けたアニメ作品、シーンなどは?

榎戸:うーん、ディズニー映画の『不思議の国のアリス』とかかな。小学生のころ、何かの上映会で観たんです。たとえばその中で、アリスが道に迷って「私はどこへ行けばいいのかしら」ってチェシャ猫に問いかけるシーン。「それは君がどこへ行きたいかだね」。「特に行きたいところはないんです」。「だったら道に迷うことはないわけだ」みたいなやりとりをするんですけど、子供心になんて賢い猫なんだって思いましたね。

――それにしてもずいぶん鮮明に覚えてますね。

榎戸:印象に残った場面ははっきり覚えちゃうんですよ。好きな映画なら全部セリフまで、暗唱出来た作品もあります。『不思議の国のアリス』に限って言えば、ルイス・キャロルの論理的な遊びには、今でも惹かれますね。

――今の仕事に就かれた理由は?

榎戸:学生時代から創作活動のマネゴトみたいなことはやってましたね。高校生になってからかな。学生時代に映画を作ったりとか。学生のお遊び程度でしたけどね。

――その学生時代というのは、幾原監督と一緒だったときですか?

榎戸:まぁ、そうなんだけど、当時そんなに幾原と一緒に行動していたわけじゃなかった。幾原は隣にいて同じ様な映画制作をやってて、お互いやってることをけなし合ってたという(笑)。まさか将来そいつと組んで仕事することになるとは。ま、仲は良かったですね。一緒に映画を観たり、作品の構想を話し合ったり。シナリオを一緒に作ったこともあるけど、結局は意見が別れて「やっぱりお前とはできない!」って何度も決別したり。あ、それじゃあ、今と変わんないか(笑)。

――どんな映画作品を作ってたんですか?

榎戸:映画というよりは、映像作品ですね。まだ10分ぐらいの短編しか作れなかったですよ。当時はビデオが世間に出始めた頃で、僕は大きめのユーマチックという機材をを使っていました。周囲には映像を作りたがる者はいっぱいいましたね。ビデオコンテストなんかもあちこちで開かれてて、作品を応募したりしてました。そんな中で、僕も幾原もNHKのビデオコンテストとか、雑誌の主催してたアマチュア映画コンテストみたいなものでわりと賞とかとってました。すぐにそういうのには飽きちゃったんですけど。
今、思い返してみて幾原を偉いなぁと思うのは、僕はビデオ派だったけど幾原は当時から8ミリにこだわってた。「映画はフィルムでないとダメだ」みたいなイデオロギーを持っていて「ビデオで映画を作るのは楽すぎていかん。そんなのに慣れたら、ラクして仕事するのが身についてしまう」みたいなことを学生時代からずっと言ってたんですよ。そのこだわりは偉かったな。
ま、どっちかというと僕は文学青年を気取ってたけど。当時の作品をいま見ると辛い気分になるだろうな(笑)。いや、作品そのものより、その程度の作品で満足していた当時の自分の未熟さが、もう、カンベンしてくれって感じで(笑)。
どうして僕は生まれついての天才じゃなかったんだろうとつくづく思います。ま、ハタチで詩人になれなかったから、あとは100まで生きて小説書くしかないですね(笑)。


――脚本のお仕事をされて、もう何年ぐらいになるのですか?

榎戸:テレビの仕事を初めてからは6年ぐらいです。

――初めての脚本作品は何だったんですか?

榎戸:『セーラームーン』3作目のS(スーパー)です。上京してきて初めての仕事です。

――なんでも幾原さんの誘いで始められたと聞きましたが。

榎戸:そうです。

――と、いうことは、それまでどこかで執筆活動をされていたんですか?

榎戸:某出版社から小説を1冊だけ上梓してました。この秋から某誌で久しぶりに連載小説を始める予定です。

――『セーラームーン』以降の作品は?またどこか所属はされたんですか?

榎戸:ずっとフリーです。『セーラームーン』以外は『エヴァンゲリオン』を4話ほど書きました。このふたつは同時進行だったんで、時期がいつだとかは把握してないんですけど。『エヴァゲリオン』なんかは脚本を書いてから2年後ぐらいに完成したので、放映されたときには「懐かしい~」って感じでした(笑)。

――アニメシナリオはどのように作業が進められるのですか?

榎戸:ケースバイケースですね。脚本の仕事はこうだというフォーマットは全然ないですね。らとえば東映とガイナックスではまったく違う。同じ脚本の仕事とは思えないくらいに(笑)。
ま、その場にいるメンバーで仕事のやり方が決まってしまうのが、この仕事の面白いところでもあると思います。けっこう共同作業って好きなんですよね。ふだん一人きりで仕事してるので、いろいろ刺激になります。

――先程の話になりますが『ウテナ』の脚本も同時進行だったのでは?

榎戸:いや、それはないです、と表向きはそう言っておかないと・・・いろいろ差し障りが(苦笑)。

――『ウテナ』の企画はいつ頃からあったんですか。

榎戸:うーん、それこそずーっと昔から幾原とは『ウテナ』の話をしてたから、明確にはいつ頃かっていうのは、はっきり覚えてないんですよ。

――もうその時から“ウテナ”の名前はあったと聞きましたが?

榎戸:えーっと、物語も世界観も全然違う別の企画だったんだけど、主人公に近いポジションにいるヒロインがウテナという名前の企画があった。由来は花を守ってる萼(がく)の部分の名前なんです。単に使いたい名前のひとつだったんだけど、幾原がえらく気に入って。「次の作品の主役はその名前でいこう」と決まったんです。先に“少女革命”という言葉を幾原が用意していたと記憶してます。

――さいとうちほ先生に企画の話をお持ちになる95年4月には『ウテナ』の前身になる大まかなストーリーがあったんですか?

榎戸:いや、さいとう先生に声をかけた時はまだ全然物語らしいものはできてなかったはず。

――『エレガンサー』というタイトルで、キャラが描きおこされていったと聞きましたが。

榎戸:うーん、その“エレガンサー”っていうのは・・・難しいな、どう言えばいいんだろ。強いて言えば、デュエリストというコンセプトのひな型ですね。

――メンバーが揃って、実作業に入ったのはいつ頃になるのですか?

榎戸:実質の執筆作業は95年ごろになるのかなあ。ともかく『ウテナ』プロジェクトが本格化したのは、ビーパパスの名称が決まった頃と言えるかもしれませんね。

――では、『ウテナ』の設定、ストーリーなどが今の形に決まったのは?

榎戸:ずいぶん最初のものからいじってきたから、どの辺りからこうなったのかを、特定するのは難しいな。現在発表された物語に決まったのは、かなりギリギリだったような気がする。

――『少女革命ウテナ』としてのキャラクターは決まっていたんですか?

榎戸:何人かはデザインは決定していましたね。もうウテナもアンシーもいたかな。

――では、まず決定したエピソードまたは設定などはありますか?

榎戸:そうですね。僕の中で、これこそが『ウテナ』だと自覚できた原型のアイデアは「互いの胸につけた薔薇の花びらを散らせば勝利する」という決闘のルールを思いついたときだと思います。そのとき「これはいけるな」と思ったんです。テレビシリーズとしてストーリー展開できると。
物語を作っている頃に「戦闘シーン」があるべきか、という出口のない議論を延々やってたんですね。外の方から「やっぱり何かと戦わないと困るよ」って要求がきても「別に怪獣とかが出るわけでもないのに、何と戦えばいいの」とか。かといって怪獣が出てきたら『~セーラームーン』との区別化ができないし、人を殺すわけにもいかない。自分の中ですごい葛藤があった結果、薔薇の散る演出を思いついた。その時、目の前がパァっと開けた。神の声が聞こえたんです(笑)。
それはテーマというより脚本家としてのテクニカルな部分なんだけど、見せ物としての決着がついたんです。

――それは『ウテナ』の制約すべてを、クリアに出来るアイデアだったと言えますね。

榎戸:その決闘シーンが決まった時点で“エレガンサー”から“デュエリスト”になった瞬間と言えるでしょうね(笑)。とにかく、その決闘シーンは「必然」だったと思いますね。本当にその作品にとってのベストのアイデアが出た時は、反対意見は出ないんですね。その瞬間には本来あるべき作品の形を引きずり出した快感がある。

――2年間の制作作業の中で、崖っぷちに追い込まれたことは?

榎戸:もう危機また危機の毎日でした(笑)。でも、思想面で追い込まれたことはなかったですね。幾原と僕との共通言語がちゃんとあったし、あいつとは思想的に似てるから。さらにさいとう先生も似た思想だったので(笑)、ある種の共犯関係が生まれた。

――ではどのあたりが崖っぷちだったんですか?

榎戸:それはもう表現手段で。思いついた話をどう表現するか、見せ物としてどう面白くするか、という議論の連続でした。そんなアニメがあるか、それをテレビでやっていいのか、みたいな(笑)。

――なにか具体的な例としては?

榎戸:たとえば女の子2人を出すと決めた時、その設定が花嫁とデュエリストと決まっても、舞台を男子校か女子校か共学にすべきかで毎日悩んでました。この夏の劇場版で、ウテナが男の子として転校してくる設定があるんですけど、それは最初テレビシリーズでも出ていた案なんですね。ウテナは男の子として男子校にやってくるべきじゃないかとね。結果的にはテレビリーズの設定になったわけですが、それが正解だったかどうか・・・ただ女の子の自立というテーマを見据えたとき、男子だけとか女子だけの舞台だと、環境自体が特殊になるじゃないですか。それだと本質的なテーマから目が逸れちゃうんじゃないか、という危険を予感した。
‘特殊な空間のみで成立する特殊なテーマ’だと捉えられるのは本意じゃない。そういう意味では変わったキャラクターがいたとしても、男女共学の舞台に落ち着かせました。でないと、我々が、本当に言いたいテーマが‘普遍的なもの’であるということを、表現できないと思ったんですね。

――放映が始まった時点では何クールの放映か決まっていなかったと聞きましたが。

榎戸:そう、まだ2クールになるか3クールになるか、まだ決まっていなかった。実は<黒薔薇編>を書いてるときにも決まっていなかった。シリーズ構成泣かせな番組でした。

――シリーズ構成という役割は、具体的にはどのように立ち回るのですか?

榎戸:『ウテナ』の場合だと、監督と打ち合わせてから各話のエピソードを僕が他の脚本家さんに発注。ギャグの話だと、もうギャグでいこうとだけ決めて比賀昇さんに頼んだりとか。

――画面を通して自分の脚本の放映をご覧になって、率直な感想はどうでしたか?

榎戸:毎週楽しみに観ていました(笑)。

――脚本を書くとき、そのシーンというのは浮かんでいるものなんですか?

榎戸:一応、自分なりにイメージしながら書いてはいます。脚本の場合は『ウテナ』はおもしろくてね。出来たフィルムを見ると、脚本が目指していた方向をちゃんと把握しながら、それを上回る表現をよく見せてもらってた。ホント、勉強になりましたね。実践に勝る修行なし(笑)。
例えば<黒薔薇編>でエレベーターが降りていくシーンとか。「これが見たかったんだ、何て言ったらいいのかわからなかったんだよ」って。スタッフのみんなと心が通じ合う瞬間ですね(笑)。この仕事も捨てたもんじゃないと(笑)。

――脚本という役割をどう捉えていますか?

榎戸:脚本は分業作業のひとつであって、フィルムは監督とか演出のものだと思う。監督をいかにサポート出来るかが脚本家の仕事だと思います。脚本家があまり主導権を持つと、本来持っているフィルムの生々しさが損なわれることが往々にしてあるから。ストーリーを説明するだけのフィルムは僕らの仕事ではないと思っています。

――特に気に入ってる具体的な部分、またはセリフなんかはありますか?

榎戸:そうですね・・・7話のラストの樹璃のセリフなんかうまく決めてくれたなぁと思いますね。(※「そう、憎んでいるさ。私の想いに君は気づきもしなかったんだから」)
ただね、セリフというのはドラマとキャラクターの関係性の中で初めて意味の出てくるもので、セリフだけ抜き出して名セリフ集みたいなものにしても、何でこれが名セリフなのかよくわからないってことがよくあるんですよ。あくまでもそのフィルムの中で、そこで起こっている状況の中でキャラクターが言うからセリフは意味がある。脚本は詩とは違いますからね。

――では逆にここは失敗したな、とか思う箇所はあります?

榎戸:それは秘密です。

――「<黒薔薇編>が解りやす過ぎた」と監督は何度か発言されていますが、その辺りは榎戸さんはどうなんですか?

榎戸:やってる当時から言ってましたね。ただ、シリーズのまんなかに<黒薔薇編>があったから、ファンの方も理解しながらついてきてもらえたんじゃないかと思うんですけどね。あれ以上ワケのわかんないことやったら、誰もついて来ないのでは、心配はないのか、幾原よ(笑)。
まぁ、監督としてはどこかで見たような話にしたくなかったんだと思います。幾原は基本フォーマットのことを指摘したんだと思うんですけどね。誰かを誘惑して、ちょっとホラータッチなムードでデュエリストに仕上げて、それをやっつける話が続くじゃないですか。それが『ウテナ』にとってどうかという疑問はあっただろうと思う。
ただあの時点で俺にはあれ以外の展開は思いつかなかったし、今でもほかの選択肢は思い当たらない。

――『ウテナ』シリーズを終えて、何かこみあげてきたものはありますか。

榎戸:情熱かな(笑)。やれて良かったという思いは確実にあります。
もう、ああいう作品はテレビでは出来ないんじゃないかな、というのも、最終回の辺りでポケモン事件があったじゃないですか。あれはいろんな意味で象徴的な事件に思えました。『ウテナ』は放映タイミングがギリギリの作品だったんでしょうね。それに駆け込んだ形でいろいろやれて良かったと思います。

――今現在のアニメに対して思うことはありますか?

榎戸:みんなで『もののけ姫』を超える作品を作ろう(笑)。

――脚本を書く上で目指していた人はいますか?

榎戸:シェイクスピア(笑)。

――では、アニメの脚本家になるために、何をすればいいのでしょうか?

榎戸:学生時代にアニメの監督になりそうなヤツと友だちになっておく(笑)。いや、ぜんぜんわかんない。アニメの脚本家という職業があるのかどうかも疑問だ。
少しだけ偉そうなことを言ってもいいなら、才能を認めてもらいたいだけでクリエイターを目指す人はきっと潰れると思う。
才能なんてないけど「それでもこれをやりたい」というものを持っている人は、たぶんなにかになれると思う。それだけの差じゃないかな。あと、より具体的なヴィジョンを持っているとやっぱり強いと思います。やりたいものが具体的であれば、次にやるべきことが見えてくるから。


(1999年5月11日  三鷹にて)
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